話は続く。
「小さい頃から世津子はお笑い好きで、我々に東京に出て芸人を目指せと言って背中を押してくれたのも世津子でした」
幸は林田の語りにただじっと耳を傾けていた。まるで、本を読んでいるときのようにピクリとも動かない。
「なんのツテもありませんでしたから、本当に、本当に生活は大変でした。最初は三人で小さなアパートを借りて、私と轟木はネタを作ってはオーディションを受け、落ちては小さなコントライブに出てわずかなギャラを、ギャラとも言えない日銭を稼ぐ日々……」
林田の話の途中で、「あの……」と、冬用の暖炉近くの客が手を上げたので、玲司が名残惜しそうにその場を離れた。
林田は玲司を目で追ってはいたが、話はそのまま続けた。
「世津子は、そんな私たちを支えるために昼は家庭教師をしながら、夜は銀座でホステスとして働いて、われわれの生活を支えてくれたんです。すべては、私たちが、いや、轟木が芸人として生きていけるように、と……」
「芸人としての成功は、世津子とあいつの夢だった」
献身的な世津子の像が浮かんできた。そして、それは、決して強制されたものではなく、おそらくは世津子が望んでやっていたことに違いない。林田の言葉を借りれば、轟木のために。
「だから、轟木にとって芸人としての成功は、世津子とあいつの夢だったんです」
もちろん、林田の夢でもあったに違いない。
「五年前、私たちはポロンドロンとして、ようやく深夜番組のレギュラーを勝ち取り、轟木は世津子に結婚を申し込みました。レギュラーを勝ち取ったと言っても、まだまだ貧乏で、結婚式もあげられなかったのに、世津子のあの時の幸せそうな顔は今でも忘れられません。なのに……」
林田はここで言葉を詰まらせた。
言わなくてもわかっている。
世津子の死である。
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