だが、そんな轟木を見ても、林田はおそらくは何もできなかったのだろう、この時ばかりは、悲しいというより、くやしいというふうに顔をゆがめていた。
「でも、なぜ、今、轟木さんがここに来るかもしれないと思ったんですか?」
「確かに」
菜々子の質問に、沙紀が相槌を打った。
林田は、そんな質問も予想していたのだろう、すぐにセカンドバッグから一枚の絵ハガキを取り出し、菜々子へ向かって差し出した。
「四日前に届いたものです」
手渡された絵ハガキにはアメリカの広大なモニュメントバレーをバックに一人立つ女性が写っている。菜々子は「あ」と声をもらして、
「……これって、もしかして」
と、言いながら玲司たちに絵ハガキをかざして見せた。
「ゆ、ユカリさん?」
玲司の声は、一瞬、店の客の視線を集めてしまうほど大きかった。
「す、すみません」
「バカ……」
縮こまる玲司の肩口を菜々子がパシリと叩いた。
「思い出したんです、この喫茶店のこと……」
「ホントだ、いい笑顔。楽しそうね?」
これは沙紀。なんとも呑気な感想である。
行方不明になった父を探す少年と一緒に渡米してしまったユカリではあったが、カメラに向かって笑顔でピースサインをする姿は、その旅を満喫しているかのように見える。
写真を見る限り元気にやっているようだが、
(こんなに呑気にピースサインしてるユカリさんの写真、流さんには見せられないな……)
と、思ったのは玲司だけではなかった。
しかし、林田が見せたかったのはユカリの所在ではなく、そこに記された、
芸人グランプリ、一番、優勝、一等賞! おめでとう! 世津子ちゃんも喜んでるわね。
という言葉だった。
グランプリ優勝からは二か月近くが経ってしまったが、どこかでそのしらせを知って送ってきたのだろう、林田の下に届いたのは四日前だという。世津子を「ちゃん」付けしているところから、ユカリと三人は非常に仲が良かったのだろう。
林田は、しばらく目を伏せて黙っていたが、ふいに、
「そのハガキを見て、思い出したんです、この喫茶店のこと……」
と、説明した。
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