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1週間前の別れ話、真相知った28歳彼女が得た希望 小説「コーヒーが冷めないうちに」第1話全公開(5)

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気がつくと、一人きりで例の席に座っていた。

夢でも見ていたような気分ではあったが、目の前のコーヒーは空になっていた。口の中は甘ったるい。

「……」

しばらくして、ワンピースの女がトイレから戻ってきた。二美子が自分の席に座っているのを見とがめると、つつつと音もなく寄ってきて、

「どいて」

と、妙に迫力のある低い声で言った。二美子はあわてて、

「ご、ごめんなさい……」

と、言って席を立った。未だ、夢心地のような感覚は消えていない。本当に自分は過去に戻っていたのだろうか? 現実は変わらないというのだから、過去から戻って、なんの変化も感じられなくても、当然といえば当然である。

キッチンからコーヒーの香りが漂ってきた。見ると、数が、新しいコーヒーの入ったカップをトレイに載せて現れた。

数は何事もなかったように、立ち尽くす二美子の前を横切り、ワンピースの女が座るテーブル席に歩み寄ると、二美子の使ったカップを下げ、淹れたてのコーヒーをワンピースの女の前に差し出した。ワンピースの女は小さく会釈をすると、また本を読みはじめた。

数は、カウンターに戻りながら何かのついでのようにこう言った。

「未来はまだ訪れてません」

「……いかがでしたか?」

二美子はこの一言で、やはり自分は過去に戻っていたんだと実感した。あの日、一週間前のあの日に。だとすれば。

「……あのさ」

「はい」

「現実はなにも変わらないんだよね?」

「はい」

「でも、これからの事は?」

「と、言いますと?」

「これから……」

二美子は言葉を選んで、

「……これから、未来の事は?」

と、聞いた。数は、二美子に向き直り、

「未来はまだ訪れてませんから、それはお客様次第かと……」

と、初めてニッコリと笑顔を見せた。

「……」

二美子の目が輝いた。

数は、

「コーヒー代……深夜料金込みで四二〇円になります……」

と、静かに言ってレジ前に立った。二美子は一度、大きくうなずいてからレジ前に移動した。

足取りが軽い。

『コーヒーが冷めないうちに』(サンマーク出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

二美子は四二〇円を支払うと、数の目をじっと見て、

「……ありがと」

と、言って深々と頭を下げた。そして、ゆっくりと店内を見渡すと誰にというわけではない何かに、強いていえば喫茶店自体にもう一度頭を下げて、颯爽と出て行った。

カランコロン。

数は、何事もなかったかのように涼しい顔でレジを打ち、ワンピースの女がほんの少しほほえんで『恋人』というタイトルの小説を静かに閉じた。

(2023年1月3日配信の次回に続く)

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