だが、その五郎が、連絡が取れなくなってから四日目、バグを見つけたと言って現れた。無精髭を生やし、少し臭ったが、誰もとがめる者はいなかった。疲弊しきった表情から、不眠不休だった事は容易に想像できたからである。二美子を含め、チーム全員があきらめていた難題の解決を、五郎は一人で成し遂げてみせた。まさに奇跡としか言いようがない。無断で会社を休み、連絡もしなかった五郎は、社会人としてのルールからは外れていたが、仕事に対しては誰よりも真剣で、プログラマーとしては誰よりも優秀だった。
二美子は、五郎に心から感謝の気持ちを伝えた後、今回の事を一瞬でも五郎のミスだと思った事を謝った。
だが、頭を下げた二美子に五郎は笑顔で、
「じゃ、コーヒーでもおごってください」
と、言っただけだった。
二美子が恋に落ちた瞬間である。
二美子の不安は的中した
納品を終え、出向先が変わると五郎と会う事は極端に減った。だが、二美子は行動派だった。時間の許す限り、コーヒーをおごるという口実で五郎をいろんな場所に連れ出すようになった。
仕事でもなんでもそうだが、五郎は一つの事を黙々とやるタイプである。目標に向かうとそれしか見えなくなる。
MMORPGを開発するゲーム会社TIP―Gがアメリカの会社である事を知ったのは、二美子が初めて五郎の自宅に行った時だった。
嬉々としてTIP―Gに入社する事が夢だと語る五郎を見て二美子は不安になった。
(もし、彼の夢が叶った時、彼は私と夢とどちらを選ぶのだろう? 考えてはいけない。比べるものでもない。でも……)
時間を重ねるごとに、失うものの大きさを実感し、二美子は五郎の気持ちを確認する事ができなくなっていった。
時は流れ、この春、五郎は見事TIP―Gへの入社を勝ち取った。自らの夢を叶えたのだ。
二美子の不安は的中した。五郎はアメリカ行きを選んだ。夢を選んだ。二美子がその事を知らされたのは一週間前の、この喫茶店で、である。
二美子は夢から覚めるように、朦朧としたまま目を開けた。
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