すると、魂が湯気のように揺らめいていた感覚はパッと消えさり、曖昧だった手足の感覚が戻ってきた。二美子はあわてて自分の顔を、体をくまなくさわって、そこにある自分を確かめた。
気がつくと目の前に挙動不審な二美子の姿を怪訝そうに見つめる男がいた。間違いなければ五郎である。アメリカにいるはずの五郎が目の前にいる。二美子は、本当に過去に戻ってきた事を実感した。
五郎が怪訝そうな顔をしている理由はすぐに理解できた。
間違いなく一週間前に戻ってきた。店内の様子も記憶通り。入口に一番近い席には雑誌を広げる房木と呼ばれる男。カウンターには平井が座り、数がいる。そして二人で向かい合って座っていたテーブルの向こう側の席には五郎が座っている。
だが、一つだけ違う事がある。
二美子の座っている席だ。一週間前は、五郎の向かいの席であった。が、今はワンピースの女が座っていた席にいる。確かに五郎と向かい合ってはいるが、違うテーブルである。遠い。
遠い、近いではない。不自然極まりない。五郎が怪訝そうな顔をして当然だ。
「……」
不自然とはいえ、この席から離れる事はできない。そういうルールなのだから。しかし、なぜ、そんな所に座っているのかと聞かれたら、どう答えていいかもわからない。
噛み合わない会話
二美子は、ごくりと唾を飲んだ。
「じゃ、俺、時間なんで……」
五郎は怪訝そうな顔をしてはいるが、その不自然な位置関係にはふれる事なく、一度聞いたセリフを吐いた。これは過去に戻った時の暗黙のルールなのかもしれない。二美子は都合のいい解釈をして、五郎の台詞から、自分が戻ってきた時間を理解した。
「あ、大丈夫、大丈夫、時間ないんだよね? 私もないから……」
「なに?」
「ごめん……」
会話が噛み合っていない。戻ってきた時間は理解したが、何しろ過去に戻るという初めての体験で二美子の頭は少し混乱していたのだ。
「……」
二美子は、まずは落ち着こうと、上目づかいで五郎の顔色をうかがいながらコーヒーを一口飲んだ。
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