「ぬるいっ! このコーヒーぬるいわ! こんなのすぐ冷めちゃうじゃない! 」
二美子は驚愕した。すでに一気に飲みほせる温度である。予想外の落とし穴だった。二美子はその場にいる数をキッとにらんだ。相変わらずの涼しい顔が憎々しい。しかも、
「……にがい」
想像以上に苦かった。これまで二美子が飲んだコーヒーの中ではとびぬけている。
二美子の不可解な発言に、五郎は困惑顔を見せた。
「……」
五郎は右眉の上をかきながら、腕時計を見た。時間を気にしている。二美子にはその理由もわかる。あせりながら、
「あ、えっと、これには深いわけが……」
と口走ると、二美子は目の前のシュガーポットからザクザクと砂糖をカップに入れ、ミルクをたっぷりと入れてから、あたふたとカチャカチャ音を立てながらかき混ぜる。
「わけ?」
五郎が眉をひそめる。二美子が入れる砂糖の量が多すぎるのをとがめているのか、深いわけを聞きたくないのか、とっさにはわからない。
「……とにかくちゃんと話をしておきたいの」
五郎がまた時計を見た。
「ちょっと待ってね……」
二美子は味見のためにコーヒーを一口飲んで、うんうんとうなずいた。
「君の考えてる事は顔見ればわかるもの!」
二美子がコーヒーを飲むようになったのは五郎と出会ってからだ。例の件で、コーヒーをおごるのを口実に、五郎を連れ回しはじめたのがきっかけである。コーヒーが苦手な二美子は、 その都度、砂糖とミルクをたくさん入れて五郎から失笑を買っていた。
「うわ、なんでこいつこんな大事な時にコーヒーなんか飲んでんだよって顔してる……」
「……してないよ」
「してるよ! 君の考えてる事は顔見ればわかるもの!」
二美子はキーキー声で反論した。
「……」
「……」
案の定、会話が途切れ、二美子は後悔した。せっかく過去に戻ってきたのに、また一週間前と同じように、すねた子供のような言い方をして、五郎を萎縮させてしまった、と。
「……」
五郎は気まずそうに立ち上がると、カウンターの中にいる数に声をかけた。
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