防衛省の「次期装輪装甲車」決定に見た調達の欠陥 体系的に進められず問題意識なき前例踏襲が続く

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防衛省にはそのような産業政策はなく、共通戦術装輪車は三菱重工に発注し、96式の後継(当初のプログラム名は「装輪装甲車(改)」)はコマツに発注して2つの装甲車メーカーに仕事を発注し、2社を温存する方針だった。

かつては装甲車輌の調達数も多く、装軌装甲車は三菱重工、装輪装甲車はコマツという暗黙の棲み分けもあったが、調達数が減って16式機動戦闘車のように三菱重工も装輪装甲車を生産するようになっており、棲み分けもなくなった。

コマツとしても事業を継続するため是が非でも次期装輪装甲車の受注獲得が必要だった。安値で落札したものの、直接戦闘に使用しない、防御力も不整地装甲能力も低いNBC偵察車をベースにして安かろう、悪かろうの試作車の提出につながった。さすがにこれは試験でダメ出しを食らった。だがこの駄目な車輌をMAVと機競合で選んだのは防衛装備庁であり、陸幕だった。

そしてもう1つの小型装甲車も問題だ。これは現用の軽装甲機動車の後継とされている。だが本来これは96式の後継と統合したほうがよかった。

スコーピオンのような構想は事実上ない

この手の小型装甲車は本来偵察や対戦車、連絡などの目的に使用されるものだ。だが陸上自衛隊では96式装甲車があるにもかからず、これを事実上の主力APCに使用している。

軽装甲機動車の乗員は4名で、1個分隊は2輌に分けて搭乗しなければならない。しかも個人装備を搭載する十分な車内容積もない。そのうえ固有の無線機もなく非武装であり、下車戦闘の際は操縦手も下車する。

対して96式のような大型の装甲車であれば、下車戦闘の際に乗員は残り、固有の機銃も搭載しているので下車隊員を火力で援護したり、随伴して必要なときは下車隊員を速やかに収容できたりするので機動力も高い。それに固有の無線を搭載しているので携行無線機より、より遠くまで通信もできる。

96式装甲車(筆者撮影)

軽装甲機動車をAPCに据えたのは、調達単価が安く、車輌専用の乗員が必要ないからだろう。だがそれは機械化部隊の利点を全部捨てる行為である。

そうであれば軽装甲機動車の後継は96式の後継と統合するのが望ましいが、そのような構図を陸幕も装備庁も描くことをせず、漫然と後継が必要だからと、それぞれの後継車輌を選定した。これは事実上、先述のフランスのスコーピオンのような構想がないことを意味する。

スコーピオンプログラムのジャガー(筆者撮影)

昨今、防衛費の大幅増額が既定路線となっているが、本来その前に防衛省や自衛隊の装備調達の構造を含めた税金の使い方に不合理やムダがないかを検証するほうが先ではないか。

清谷 信一 軍事ジャーナリスト

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きよたに しんいち / Shinichi Kiyotani

1962年生まれ、東海大学工学部卒。ジャーナリスト、作家。2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関Kanwa Information Center上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員。東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』(以上、単著)、『軍事を知らずして平和を語るな』(石破茂氏との共著)など、著書多数。

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