若者が「強い"敗者"意識」に囚われている残念な訳 合計11浪の2人「笑われても"高望み"受験を!」
西岡:「きみは勉強できるんだろ?」と聞いても、「できない」と言います。「自分は第一志望の高校に入れずにここにいるから」と。学校全体の自己効力感の低さが半端ではありません。
濱井:開成や灘から、東大に落ちて早稲田に来た人も、「自分は落ちこぼれだ」と言います。僕みたいに、偏差値40の高校から入った人とは全然違います。
西岡:濱井さんや僕のように、「がんばって偏差値を10、20と上げてこの学校に来た」という子は、トップ校でなくても自分を敗者とは思わないのですが、そういう子が少ないですね。
東大でも、海外を目指して落ちた人は自分のことを敗者だと思っていますし、高校でトップの成績だったのに、もっと凄い人を見て劣等感を抱えている人もいます。
とにかく、ほとんど全員が敗者。この環境は、とてもよくないと僕は思っているんです。
見過ごされがちな「モチベーション格差」
西岡:僕は、受験では「自分にとっての上」を目指してほしいと思っているんです。東大である必要はありません。「行けるところ」ではなく、「行きたいところ」を選択してほしいわけです。
ところが、いまの生徒たちは「行けるところに行く」という子が多い。そもそも挑戦しないんですよね。
挑戦したという意識があれば、失敗してもそれが誇りになる。無難に選んだつもりで失敗したら、それこそ「敗者意識」が固まってしまいます。
濱井:私が最初に仮面浪人をしていた大学は、ほとんどの人が「行けるから来た」というところで、退学率が1割を超えていました。私にも1年生の前期で友達になったグループが6人ほどいたのですが、その中の2人が後期までに退学してしまったのです。
彼らは「講義で何を言ってるかわからない」と話していて、授業に出席してもずっと寝ていましたが、5回目くらいからまったく来なくなってしまいました。「自分は勉強ができない」と決めつけていて、今、理解できないことは、これからも理解しようとしていないように感じてしまいました。