西郷隆盛「ロシアで生存」説が生んだ大事件の真相 英雄の宿命?西南戦争で亡き後も大きな影響力

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犯人はあろうことか警備巡査で、津田三蔵という男だった。津田はサーベルを持って、ニコライを斬りつけた。幸い、咄嗟に車夫が身を挺して皇太子をかばったおかげで、ニコライは右側頭部に9センチ近くの傷を負ったものの、命に別状はなかった。これがのちに「大津事件」と呼ばれることとなった。

本来は守るべき国賓に警備員が刃を向けたのだから、大問題である。しかも、その相手が大国ロシアの皇太子だ。明治政府は大いに慌てて、謝罪対応に追われた。明治天皇はすぐさま京都へ足を運び、ニコライを見舞っている。

西郷が帰ってくるどころの話ではないが、犯人の津田による供述から、意外な動機が判明する。ある日、津田は新聞でとりあげられていた、明治天皇のこんな言葉を目にした。

「もし西郷が帰ってきたなら、西南戦争の官軍側の勲章を取り上げるか」

ジョークを真に受けて焦った津田三蔵

実際に、こんな発言があったかどうかは定かではないが、根強い「西郷ロシアから生還説」へのジョークであることは、すぐにわかる。

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しかし、津田はこれを真に受けて、大いに焦ってしまう。ほかならぬ津田自身が、西南戦争に官軍として参加しており、勲七等に叙せられていた。それは、津田にとって人生最大の誇りでもあった。

「もし、西郷が帰ってくると、勲章を取り消されてしまう」

それだけは避けなければと、津田は西郷を連れてきたとうわさされるニコライを暗殺しようとしたという。これが大津事件の真相とされる説の1つだ。そのほかに、津田が以前から日本に強硬なロシアへの反感があったという説もある。いくつかの理由が組み合わさって、凶行に及んだのかもしれない。

このころ、西郷の死から、すでに15年が経とうとしている。それでもなお、伝説として語り継がれていた西郷。さすがに生存説は下火になっていくものの、その人気は不動のものだ。それがゆえに、朴訥で不器用なイメージと異なり、策略家だった西郷の素顔が、今でも話題に上ったりもする。嫌われ者の大久保とは違う意味での苦労や誤解が、西郷にもつきまとってきたといえるだろう。

【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』(ミネルヴァ書房)
瀧井一博『大久保利通: 「知」を結ぶ指導者』(新潮選書)
佐々木克「西郷隆盛と西郷伝説」『岩波講座日本通史 第16巻』(岩波書店)
「維新の英雄、幻の帰還 第9回 西郷生存伝説の狂騒」(2013年10月27日付日本経済新聞)

真山 知幸 著述家

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。『ざんねんな偉人伝』シリーズ、『偉人名言迷言事典』など著作40冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は 『偉人メシ伝』 『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』 『日本史の13人の怖いお母さん』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』(実務教育出版)。「東洋経済オンラインアワード2021」でニューウェーブ賞を受賞。
X: https://twitter.com/mayama3
公式ブログ: https://note.com/mayama3/
 

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