日本の安全保障「現実に即した転換」が急がれる訳 新国家安全保障戦略に求められる3正面への対応

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従来の時間・空間の概念を超えた領域に、不正アクセス防止法等の従来の法の縛りをかけるのは無理がある。中国の17万人超のサイバー専門部隊に対し、540人の自衛隊サイバー防衛隊と官民・省庁の縦割り体制では対処不能と言わざるをえない。政府の一元的な指揮統制の下、サイバー領域において国全体を防衛するサイバー防衛体制を、コストをかけてでも早急に実現する必要がある。

国家安全保障の戦略体系

現戦略が2013年に策定されるまで、わが国は「国防の基本方針」(1957年5月20日 閣議決定)に基づき、国の安全保障を担保してきた。文字数にしてわずか300字に満たない「国防の基本方針」で済ませられたのは、東西冷戦という安定した国際構造の下、圧倒的に強力なアメリカとの同盟がわが国の安全を保障できたからだ。実際には、防衛政策の指針として1976年に初めて「防衛計画の大綱」が閣議決定され、「基盤的防衛力」構想が採られたことで、戦略的思考や議論が封じられてきた。

島田和久前防衛事務次官は、この「大綱」は防衛力を抑制しようとする発想で、人員、戦闘機、艦船などの保有上限を決め量的制限を課すものであり、同時期に経費で制限を課す防衛費GDP比1%枠が決まったと指摘する。さらに1986年に中曽根政権で1%枠が撤廃された際には、代わりに新たな歯止めとして「中期防衛力整備計画」が導入され、5年間の防衛費の総額や防衛装備品の調達数量の上限をあらかじめ定め、各年度の予算で防衛費の伸びを抑えてきた。

この背景にはアメリカが作りだした平和に依存し、自助努力は極小化するという発想があったとし、この発想は変えるべきだと主張する(Themis、2022.11)。今回の戦略見直しにおいては、島田前次官の主張を傾聴し、日本が主体的に自国を守る戦略と抜本的防衛力強化を図るための戦略体系を構築する必要がある。

自民党は「新たな国家保障戦略等の策定に向けた提言」(2022年4月26日)の中で、現行の戦略3文書を見直し、新たな国家安全保障戦略、国家防衛戦略、アメリカの国家軍事戦略を参考とする戦略文書(防衛省で検討)および中長期の防衛力整備計画の策定を求めている。戦い方を示す戦略と防衛力整備の計画を分離し、体系化を目指す適切な提案だ。

新たな戦略・計画の射程は、本稿で指摘した論点のほかにも経済安全保障など幅広いが、いちばん重要なことは、戦後日本の国内事情に縛られた安保政策をリアルな国家安全保障の戦略へと転換させることである。

(尾上 定正/地経学研究所 シニアフェロー兼国際安全保障秩序グループ・グループ長、元空将)

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