もはや患者の「苦痛に寄り添えない」日本の危機 効率化の中で忘れ去られていく「看護の本質」

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──コロナでますますベッドサイドのケアができなくなり、物言えぬ状況になっています。

川嶋:新型コロナウイルスの感染拡大が収束しないなか、感染予防のため十分なケアができないと、看護師の間で諦める気持ちが蔓延しています。深夜、患者さんに足浴をしていた看護師が「趣味でやっている」と揶揄されたといいます。コロナだから仕方ないと、ものを言わないのではなく、そして、病院もコロナでシャットアウトではなく、感染予防を学びながら人間のケアをすべきです。

コロナ患者の体温や血中酸素濃度の数値がよければ安心、というわけではありません。数値が大丈夫でも、胸が苦しい患者さんもいるはずです。それを放っておいてはいけない。いちばん危険なのは、コロナに乗じてケアの質を落とすことです。いったん手抜きをすると、元に戻すのには労を要します。

一方で、コロナ禍のなか、患者さんをうつぶせにして行う「腹臥位療法」が注目されています。複数の病院で患者さんを腹臥位にすることで、コロナの症状がよくなっていることがわかりました。

腹臥位療法に併せ、私が「て・あーて」で勧めている温タオルを背中に当てて身体を温める「熱布バックケア」を同時に行う方法も広がりが出てきました。背面からケアするため、患者さんと面と向かわず飛沫感染のリスクがなく、安心してケアできますし、呼吸器ケアとしても優れています。

看護は、看護を受ける側の評価がないと成長しないものです。自分は一生懸命なつもりでも自己満足しているだけで、患者さんにとっては不十分であることもあるのです。人の命と暮らしを守る専門職として、看護の真価を貫く。社会がケアの心をもつよう看護師が引っ張っていくのです。

「人間が人間をケアする」本能を失わない

──社会全体に伝えたいメッセージをお願いします。

川嶋:人間が人間をケアすることに最も意味があるのです。相手に関心を持つことです。今、多くの人が他人に無関心になって、気づく力が低下している。すべての人が相手を気遣って自分にできることは何かを考える。社会的な弱者、困っている人に何かしてあげたい。これは人間がもった大事な本能です。

これを失ってはなりません。ケアする心を取り戻す。人間と効率は相反します。ご飯を作って食べてという営みを繰り返すように、人間は非効率な生き物なのです。人間は群れ、分け合うもの。ケアの心はそこから始まっています。人の役に立ちたい。それは人間の本質です。

普段の生活からも感じることがあります。振込用紙1つとっても、字が薄くて小さい。高齢者に優しくないと思いませんか。こうしたことから変えていくことが、殺伐とした世の中で必要とされているのではないでしょうか。人間は元来、自分のためだけに生きてはこなかったのです。自分以外の人たちのために役に立つ存在であることが、人間のあり方なのではないでしょうか。 

(この記事の前編:看護界の重鎮が91歳で新雑誌を創刊した切実事情
小林 美希 ジャーナリスト

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こばやし・みき / Miki Kobayashi

1975年、茨城県生まれ。株式新聞社、週刊『エコノミスト』編集部の記者を経て2007年からフリーランスへ。就職氷河期世代の雇用問題、女性の妊娠・出産・育児と就業継続の問題などがライフワーク。保育や医療現場の働き方にも詳しい。2013年に「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『ルポ看護の質』(岩波新書、2016年)『ルポ保育格差』(岩波新書、2018年)、『ルポ中年フリーター』(NHK出版新書、2018年)、『年収443万円』(講談社)など著書多数。
 

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