もはや患者の「苦痛に寄り添えない」日本の危機 効率化の中で忘れ去られていく「看護の本質」

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──理想の看護のため闘うことの意義を教えてください。

川嶋:本来、労働は喜びのはず。医療従事者は人間の健康と命を預かり、生きがいや喜びを感じることのできる職業だと思います。それが経済効率のためだけに、ただつらい働き方で低賃金になっている。「もっとケアしたいのにできない」と、何十年経った今も同じことを看護師が言っている。看護労働の喜びを感じることができるような改革をしないといけません。

看護師には人の命と尊厳を守る役割があります。尊厳を守るということは、人間らしく、その人らしくあること。朝起きてトイレに行き、顔を洗って身支度をする。認知症になっても、寝たきりになっても、そうしたありふれた営みを人間らしくできるようにする。看護師に時間がないからといって長時間オムツを交換しないのは虐待です。

患者のためにも、働き方を変える必要がある

川嶋:あちこちで“ケチケチ平等”がまかり通ってはいないでしょうか。特定の患者さんにケアをすると不公平だからといって、皆に平等に何もしない。すると、患者さんの変化を知ることもなく、看護の感動を味わう機会もなくなります。

もし患者さん1人にだけだとしても、できるケアをするべきです。ケアによってよくなることを体得し、看護師が主体的に「ほかの人にもケアしてあげたい」と思うようになると病棟のムードもよくなっていくものです。

オン・ナーシング (第1巻;第1号)
川嶋みどり名誉教授がクラウドファンディングも活用して創刊した新雑誌『オン・ナーシング (第1巻;第1号)』(看護の科学新社)
 

いったい、何人の患者を受け持ち、重症患者がどのくらいだと看護の喜びを感じて働くことができるかという研究があってもいいはずです。今後、労働組合が中心になってそうした分析を進めてほしいです。

皮膚に触れ、3本の指で脈をとる。脈の微妙な動きで患者の容態もわかるものです。それらすべてを機器が示す数字は教えてくれません。患者のために、きちんとしたケアができるよう、労働条件を獲得することが必要なのです。

──国は医師の働き方改革に言及していますが、看護師の働き方はその陰に隠れてしまっているようです。

川嶋:看護系の大学が全国に300校近くできましたが、看護が独立したとは言えません。看護学と医学は違うにもかかわらず、医学の傘下に看護があるような現状です。医師の働き方改革のためにと診療行為を看護師に移譲する。では、看護師の働き方はどうなるのでしょうか?

看護師は物言わぬ「サイレント集団」のままではいけません。看護師の働き方は医療制度に影響されるのですから、政治や行政を変える必要があります。全国に働いている看護師は160万人もいるのですから、理想の看護のために何かを変えられるはずです。

次ページ看護の真価を貫き、社会がケアの心をもつよう引っ張っていく
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