楠木:この時、51歳ですよね。本社で上の役職に上がっていきたいという気持ちはなかったのですか?
長井:本社での出世には、それほどこだわってはいませんでした。むしろ、心残りは不動産鑑定士でしたね。試験には受かっていましたが、実務実習ができなかったために、まだ資格が取れていませんでした。そのため出向するなら不動産関連の会社へ行きたいという気持ちはありました。
楠木:そうですか。法人営業に長年携わってきた長井さんを、「芸術の適性があることを見抜いて大阪日本民芸館に行かせた」ということはないのでしょうね。
長井:それまでは芸術の「げ」の字もなかったですからね。芸術面に興味を持ったのは、学芸員の資格を取るために大学に入学して、そこでいい先生に出会ってからですね。
「大学の費用は全部自腹でした」
楠木:民芸館で学芸員の資格を取るために勉強を始めたということですが、普通は民芸館の運営の責任者でしょう? 資格まで必要なのですか?
長井:民芸館での仕事は現場のマネジメントなのですが、理事長から、「せっかくここに来たんだから、学芸員の資格を取ったらどうだね」と勧められて、「そういうものかな」と勉強を始めました。ただ学芸員の資格を取るためには、美術系の大学に行く必要があるので、通信制の京都芸術大学に入学しました。上司に言われて始めたことなので、「少しは費用を出してくれるのかな」と思っていたら、全部自腹でした(笑)。
楠木:長井さんの前任者は、学芸員の資格を取得していたのですか?
長井:前任者は取得していませんでした。
楠木:まずは、通信教育で必要な項目を受講したわけですね。
長井:ええ。入学したのは芸術学部の歴史遺産コースでした。学芸員の資格を取るためには芸術学とか、博物館の運営に関する単位など15科目ぐらい履修しないといけません。平日に勉強し、土日に試験を受けたりして、なかなか大変でした。
幸い私の指導教官は中村利則先生という、茶室や数寄屋建築研究の第一人者と言われた方でした。最近亡くなられたのですが、本当に丁寧に指導していただきました。
楠木:学芸員の資格はどれぐらいで取れましたか。
長井:本当は2年あれば一通り単位を取れるはずだったんですが、勉強しているうちにいろいろな芸術分野に興味が湧いてきて、資格に必要な単位の2倍ぐらい選択してしまい、結局、丸4年かかりました。レポートをどんどん出して、成績は中の上くらいでしょうか。卒業論文も書きました。
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