ジョコ大統領はさらにこう続けた。
「いよいよとなったときのロシアは思い切りがいい。知っているかね? 日露戦争に負けたとき、彼らは南満州鉄道を日本に引き渡した。日本は『マンテツ』を維持するためにあれこれと無理を重ねて、その結果が太平洋戦争の敗戦だ。『退却するロシア軍に注意』とはよく言ったものだ。あなたたちもくれぐれも用心するといい」
「その通りにバイデン大統領に伝えます」とサリバンは頭を下げた。
「よろしく頼むよ」とジョコ大統領は言った。「悪いがこのバリ島における最大の見せ場は、米ロ首脳会談の後に行われるロシア・ウクライナ首脳会談だ。世界中のメディアが世紀の会談をキャリーするだろう。悪の総帥と、元コメディアンの英雄が恩讐を越えて握手する。そしておぞましい戦争が終わって、平和が訪れる」
「恐れ入ります」サリバンはそう答えるのが精一杯であった。
「平和の到来を予感して、為替市場ではドル高是正が進んでいる。原油価格も、金利も下がっている。われわれ新興国の経済にとって願ったりかなったりの展開だ。戦争とコロナとインフレが一気に終わるとなると、来年の世界経済は大ブームの到来じゃないかね」
ジョコ大統領の眼には、観光客でごったがえすバリ島の姿が浮かんでいるようであった。
アメリカで「非常事態」が勃発した
Part4:結
ところがちょうど同じ時間、ホワイトハウスでは大混乱が起きていた。
「アトランタで連続爆弾テロ事件が発生しています!」
12月6日のジョージア州上院決選投票を控えて、白人至上主義者たちによる投票所の破壊工作が行われていた。有権者を恐れさせて投票率を下げ、結果として共和党候補を有利にしようという試みである。アトランタの中心街は、ちょうど「あの1月6日」、連邦議事堂が襲撃されたときと同じように、奇妙な装束の男たちで溢れていた。
ロン・クレイン大統領補佐官が告げた。
「大統領閣下。G20への外遊は取りやめるべきです。今やこの国は『内戦』(Civil War)に陥るか否かの瀬戸際にあります」
「おいおい、物騒なことを言うものじゃない」と、バイデン大統領が言った。「この中間選挙の結果が『南北戦争』(The Civil War)になったのでは、いよいよこの国には救いがないじゃないか」
「一連のテロ事件の背後に居るのは、間違いなく『あの男』です。そして裏にあるのは共和党内の路線対立。マコーネルなどの党執行部は、決戦投票でウォーカー候補をわざと負けさせることにより、トランプ前大統領の責任問題とするつもりです。そうやって党内のMAGA勢力の力を削ごうとしている。それに気づいたトランプが、先手を打ったのでしょう」
「だからと言って、アトランタの投票所を襲うというのは極端すぎないかね?」
「違います。彼の頭にあるのは復讐です。2021年の決選投票で、『自分が応援演説に入ったのに、共和党候補が2人とも負けてしまった』ことで、彼はジョージア州を恨んでいるのです」
「まさか、そんなことを……」
オーバルルームには、大統領補佐官の業務を引き継ぎ中のスーザン・ライスが入ってきた。
「待ってください。大統領はバリ島に行って、G20首脳会議に出席すべきです。そして習近平とプーチンにも会わねばなりません。そうでなければ世界の混乱が続くばかりです」
「そんな余裕はない。1月6日を忘れたのか? ドナルド・トランプは周到な準備をしているはずだ。二の矢、三の矢を用意しているに違いない」
「でも、これはウクライナの戦争を終わらせるチャンスなのですよ? アメリカ大統領が行かなければ、せっかくの機会が失われてしまいます」
国内派のクレイン大統領補佐官と、国際派のライス次期補佐官の応酬はなおも続いた。バイデン大統領は、眼をつぶって両者の応酬に耳を傾けていた。優先すべきはアメリカ国内の安定か、それとも国際秩序の維持なのか。
ややあって、大統領は眼を開けて告げた。
「ロン、連絡を入れてくれ。エアフォースワンの行き先は、バリ島ではなくてアトランタだと。G20に出かけて世界を救う前に、私は『あの男』との戦いに勝たねばならない」
老人は、再び「戦闘モード」に入りつつあるように見えた。
(今回、恒例の競馬予想はお休みです。ご了承ください)。
(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
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