Part3:転
アメリカ中間選挙から次の週を迎えた11月14日。インドネシアのバリ島は、翌日からのG20首脳会議の準備に大わらわであった。会議の議長を務めるインドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、会場となるホテルのプール際で朝食を取っていた。
秘書官が現れた。
「大統領、アメリカ政府のジェイク・サリバン国家安全保障担当補佐官がお見えです」
大統領は、ドラゴンフルーツのジュースを飲み干して言った。
「通してくれ。それから彼の分の朝食も用意してくれ。なにしろバイデン大統領の名代なのだからな」
大統領は愉快で仕方がない様子だった。
「今頃、アメリカ政府は大慌てだろうな。何しろ米中首脳会談だけでなく、米ロ首脳会談もこのバリ島で行われるのだからな」
ジョコ大統領にとって、これは国運を懸けた国際会議であった。コロナ禍で被害を受けたこの国最大の観光地を立て直すためには、とにかくG20首脳会議の成功が欠かせない。そのためには全世界の代表を集めるのみならず、画期的な成果を挙げる必要があったのだ。
ジョコ大統領の仲介で「世紀の停戦合意」に?
「大統領閣下。あなたには恐れ入りました」
サリバン補佐官が頭を下げていた。
「習近平と(ウラジーミル・)プーチン、それだけでなく(ウォロディミル・)ゼレンスキー大統領までもがこのバリ島にやってくるとは……」
「あははは。私だってまさかここまでうまくいくとは思っていなかったよ。6月末にキーウとモスクワを訪問した際は、あの2人が本当にこのG20に来てくれるか、半信半疑だった。だが、やってみるものだ。あのウクライナ戦争を、このインドネシアが仲介するのだよ。痛快だと思わんかね」
ジョコ大統領の上機嫌はとどまるところを知らない。
「私も驚きました。まさかあのプーチンがベタ降りしてくるとは。彼はウクライナ戦線の停戦合意に前向きで、しかもゼレンスキーがそれを受け入れたのには驚きました」
「ゼレンスキーはなかなかのタマだよ。『冬将軍』の到来前にすべてを片付けたいのだろう。それは決して悪いことではない。ロシアとウクライナの兄弟国は、これから微妙な線で折り合いをつけるのだろう」
「これはノーベル平和賞級の成果だと思います」
「G7ではなく、G20が平和を仲介する。時代はあなたたち先進国ではなく、われわれ『グローバルサウス』の国々に向かっていると思うよ。……ところで、バイデン大統領は何と言っておられるのかな?」
「米ロ首脳会談で討議するのは3点です。戦後処理、ウクライナ復興、そして核兵器の管理。特に最後の点がいちばん重要です」
「プーチンはさすがだよ。あなたたち西側諸国が差し押さえているロシアの外貨準備を、ウクライナ復興に使っていい、と申し出ている。3000億ドルは下るまい。私はウクライナが羨ましいくらいだ」
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