「保守王国」石川の"空気"から見えてくるもの 「裸のムラ」五百旗頭監督が語る地方局の可能性

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そんな中、8期目出馬を阻止する動きが身内から起こる。谷本の選対本部長だった自民党の馳浩衆議院議員が、後継者を名乗って知事選出馬を表明したのだ。掲げたスローガンは20年以上変わらぬ「新時代」ではあったが、これにより谷本は続投を断念、自民党は三つに割れて保守分裂選挙となる。背後にいたのが政治家・馳の生みの親である県政界もう一人の実力者、森喜朗元首相。その歩みを振り返れば、首相在任時の「神の国」発言から東京五輪組織委での女性蔑視まで、家父長制の旧弊にとらわれた言動はなんら変わっていない。

マイクを持った男性とマスクをつけた男性
石川県知事選時の馳浩氏と、応援に駆け付けた小泉進次郎衆議院議員(写真:石川テレビ放送)

と、ここまでのシークエンスだけでも権力に群がる「男ムラ」の空気がわかりやすく目に見える。富山市議会の政務活動費不正を追及し、コミカルに描いた『はりぼて』(2020年)の五百旗頭監督の新作として、観客は満足できたかもしれない。しかし、それだけでは不十分だったという。

「長期県政はムラ社会の象徴ではありますが、それと対比させ、矛盾を浮き立たせる取材対象が必要でした。そこでムラ社会からはじき出されたムスリムの家族、さらに、そもそもムラ社会にとらわれないバンライファー(車中生活者)の家族を追うことにしたんです。為政者の言葉の軽さに比べ、市井の人たちの言葉の手触りはまったく異なっていました。

ただ、二つの取材対象に2年間カメラを向けていくうち、それぞれの家族の中にもやはりムラ社会的な、ある種の権力構造があることが見えてきた。県政の話だけなら特殊な世界のことと笑っていられるけど、そうじゃない。男か女かにかかわらず、あるいは自由に生活しているようであっても同じ空気は生まれる。観ていくうちに永遠のループが見えてくる構成になっていると思います」

ムスリムの家族バンライファーの家族をどのように取材し、どう描いているかは、朝山実氏によるインタビュー記事に詳しいのでここでは触れないが、この二つのシークエンスが挟まることで『裸のムラ』の作品世界は確実に広がっている。その一方、ナレーションもなく場面が切り替わっていくため構成が複雑で、据わりが悪く感じる人もいるかもしれない。

「空気ってそんな単純なものじゃないし、そもそも人間は複雑で多面的ですよね。今の日本のテレビドキュメンタリーはわかりやすく単純化しすぎる傾向があって、視聴者の想像力や考える力を奪っていると思う。観た人が『あースッキリした面白かった』だけで終わるのではなく、自分ごとに置き換えて振り返り、誰かと議論したくなるような映画にしたかった。そういう作品を作らないとドキュメンタリーの評価は上がっていかないし、広がってもいかないと思う」

「空気」を描くことは宿命だった

こうしたテレビやメディアに対する五百旗頭監督の問題意識は映画の随所に表れる。コロナ禍を理由に「更問い」(質問の回答に対して、さらに質問すること)を禁じるなど厳しい取材を避ける政治家と、それを許してしまう記者クラブの空気。地元政財界を牛耳る地元紙・北國新聞の影響力。一方で、市井の人への取材においては監督自身が権力性を帯びてしまう姿。ドキュメンタリーと演出の問題。報道と広報の違い……。

地方紙やローカルテレビ局といった地方メディアの可能性に注目している私は、五百旗頭監督に聞きたかったことがある。17年間勤めた富山の局を辞めた理由。その後、東京のキー局や大手の制作プロダクションではなく、よく似た風土の隣県の局へ移ったのはなぜか。

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