大手食品スーパーが「昭和な八百屋」開業の深い訳 オオゼキが地域の商店街で新業態を開発のなぜ
「能面」になりがちなお客の表情は・・・
伊藤さんのこの思いが世の中に求められているのかどうかの答えは、大関屋青果店が今後どのぐらいの早さで出店されていくのか、何店舗にまで広がるのかではっきりするはずだ。
率直なところ、大関屋青果店は遠くから買い物に出かけるような店というわけではなかった。一方で、近所の住民にとっては店員がフェイストゥフェイスで商品知識などを伝えてくれるという点で、これまでにはなかったメリットがあるはず。
大関屋青果店と、都心の住宅街で客を奪い合うコンビニと小型食品スーパーとの違いという点で、もう1つ気づいたことがある。それは客と店員の表情だ。
大型スーパーなどが推し進めるセルフサービスは買い物客と店員を“能面”にする。それとは真逆の八百屋業態には、効率化の中で消えていった人と人との体温がある。都会の孤独死も社会問題化していく時代、こうした店がその対策としても力を発揮していくのかもしれない。そうした点でも、大関屋青果店は重要な挑戦をしているように思えてならない。
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