安倍氏追悼演説「野田元首相」決定までの複雑怪奇 「常識的な落としどころ」の裏に政治的駆け引き

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安倍氏の通常の葬儀は参院選終了を受けた7月12日に近親者のみによる家族葬の形式で、東京の増上寺でしめやかに営まれた。ただ、多数の一般国民が会場周辺などに集まり、献花の列は長時間途切れなかった。

さらに葬儀終了後、安倍氏のひつぎを乗せた車が自民党本部、首相官邸、国会議事堂などの前を通過した際にも、沿道に集まった人々が涙交じりで「安倍さん、ありがとう」などと別れを惜しんだ。こうした国民的反応が、岸田首相の「国葬」実施決断を後押し、政府は7月22日の閣議で「9・27国葬」実施を正式決定した。

昭恵夫人は麻生、菅、甘利3氏の弔辞を要請

こうした経過の中で、揺れ続けたのが「弔辞を述べる人物とその順番」(関係者)だった。昭恵夫人ら遺族の意向を踏まえ、12日の家族葬で友人代表として弔辞を述べたのは麻生太郎自民副総裁。そのうえで、昭恵夫人は「国としての葬儀の弔辞は菅義偉前首相、国会での追悼演説は甘利明前幹事長にお願いしたい」と意思表示したとされる。

確かに、長期にわたった安倍政権を一貫して支え続けたのは麻生、菅、甘利の3氏。政界では常々、安倍氏も含めた頭文字で「3A1S」と呼ばれていた。ただ、これがその後の混乱のきっかけともなった。自民党が「遺族の意向」を前面に押し出し、8月3日に召集された前臨時国会の最終日(5日)の衆院本会議での甘利氏の追悼演説を内定したからだ。

そもそも、首相や首相経験者の死去に伴う国会での追悼演説は「対決してきた野党第1党の党首らが務める」のが長年の慣例。在任中に突然倒れ、意識が戻らないまま死去した小渕恵三元首相の追悼演説は、村山富市元首相(元社会党委員長)が務めた。

村山氏は弔辞で、「凡人宰相」と揶揄された故人について「いかなる地位にあっても偉ぶらず、つねに謙虚で目線を低く生きる、そして凡人だから懸命に努力する、そうした姿勢が凡庸に見えて非凡という境地を開かれたのであります」と声を震わせて偲び、議場は拍手に包まれた。

そうした歴史もあるだけに、甘利氏の追悼演説について野党側は「適任でない」と一斉に反発。自民党内からも「人選やり直し」を求める声が相次ぎ、撤回を余儀なくされた。その後、与野党双方から浮上したのが「野田氏の追悼演説」だった。

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