日本がロシアの研究レベル低下から考えたい難題 世界が「学問の自由」を守り続けるのは一体なぜか

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このような状況では、独自の研究成果を活かしたロシア発のイノベーションは起こりにくくなっています。エネルギー資源以外の、技術開発に基づく産業の発展は一層困難です。

ウクライナ、ロシアの大学の課題から、日本の研究者に起こった日本学術会議の会員の任命問題を考えてみます。

これは1949年に設立された内閣総理大臣の所轄の特別機関で、政府や社会に科学の立場から提言を行います。また、学術機関の日本代表で、主要な学会の国際交流を促進しています。グローバルな観点から、日本の研究力向上や技術革新を推進する重要な役割を果たしてきました。歴代のノーベル賞受賞者も、この組織の名誉会員になっています。

会員は各研究分野を代表する、210名で構成されています。3年ごとに半数の105名が日本学術会議より推薦され、首相に任命されます。

中曽根康弘・元首相が1983年に明言したように、その活動や人事は政治から自立して運営することになっています。国の学術会議法に、自立した機関であることが明記されています。会員の任命は形式的なものにすぎない、というのが長年の法の解釈です。

法的な「任命」には、他に内閣の下級裁判所裁判官の任命や、天皇の総理大臣の任命がありますが、いずれも形式的な手続きです。

そもそも何が起こったのか

2020年に半数の105名が推薦されたのですが、当時の首相は6名を任命せず欠員ができました。この問題の観点は、手続きの不備と、不十分な説明の2つです。

1つ目は、公的な慣習の基となる法律解釈の大きな変更なのに、適切な議論や手続きが行われませんでした。

1983年という「昔に約束したことだから、時間がたてば変わる」と、言う方もいます。残念ながら、これは契約や法律の基本概念を理解していない発言でしょう。

契約は、生物とは異なり、時代が変わっても劣化しない「普遍の記録」となります。

神と人間の最初の契約と言われる、旧約聖書の「モーゼの十戒」以来、一度、結ばれたものは、ずっと効力があります。例外は、正式な手続きを持って修正する方法です。

問題の2つ目は、法の解釈を変更する根拠です。なぜ、任命を拒否したのか、説明を行い、行為の妥当性を示す必要があります。

ところが、任命されない理由は、当初明らかにされませんでした。後日、当時の首相は、総合的・俯瞰的に多様性を考えて、という説明をしました。

まず、科学研究の専門家でない方が学問領域を「俯瞰的に見る」ことは可能なのでしょうか。高度な研究事情までは政府が把握できないので、これまで日本学術会議に一任されてきたのでしょう。また、何の「多様性」を考えたのかも明確ではありません。

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