矢沢あい「私達の心に寄り添う」その絶妙な表現力 矢沢あいの作品を通して私たちが学んだこと
また、矢沢あいの作品では、大人になるための精神的な「成長」の過程や、夢を叶えるために必要な「覚悟」がしっかりと描かれている。キャラクターの表情からにじみでる細やかな心理描写や、心から湧き出る素直な言葉たちは、すべて名シーンとして心に残っている読者も多いのではないだろうか。
例えば幸田実果子がデザイナーを目指す『ご近所物語』のラスト(第7巻)では「手に入れたいのはハッピーエンドではない。鍛えぬかれたハッピーマインドだ」とつづられている。この言葉からは、矢沢あいが描く物語を通して主人公たちが得る「強さ」を感じる。
各物語のキャラクターが着こなすファッションも、当時の若者を魅了した。『ご近所物語』のカラフルなファッションや、『Paradise Kiss』、『NANA』の世界観のあるスタイルなど、キャラクターたちが着こなす服はただ着飾るだけでなく、自分の好きなものを肯定して信じる生き方も教えてくれた。
読者も登場人物もいろんなことを選択してきた
そして各物語のキャラクターたちも、読者と共に成長していった。夢に向かって走っていた『ご近所物語』の実果子も、『Paradise Kiss』で再び登場し、アパレルブランド「HAPPY BERRY」の立派なデザイナーになっている。
また『Paradise Kiss』の登場人物である永瀬嵐は、実果子の親友の神崎リサの息子である。さらに同作では実果子の妹の実和子も登場する。
『ご近所物語』で実果子がこれから生まれてくる実和子のために、ベビー服を作ろうとしているシーンを知っている筆者としては、『Paradise Kiss』で成長した実和子が描かれている部分に、感慨深いものを感じた。

読者もキャラクターも、いろんなことを「選択」して「今」があるのだ。それは、学生のころに描いていた夢とは違うかもしれない。だが、人生の過程でさまざまなことを「選択」して、「成長」していったことには変わりがない。世代とともにクロスオーバーする物語に、キャラクターと自分自身を重ねた読者も多かったのではないだろうか。
そして共に精神的に成長していったからこそ、矢沢あいの漫画はずっと心に残るのだ。
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