「心は売っても魂は売らない」ファンキーな土着 「逃れられない病」を土臭く泥臭く生きていく

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数値化できるものと数値化できないものとの違いとは(写真:Svetlana Rey /PIXTA)

「土着人類学」を勝手に提唱しています。

ご存じの通り、土着人類学は既存の学問ではありません。これからを生きていく術を考え、トライアンドエラーで実践していく。この行為を少しおおげさに土着人類学と呼んでいます。ただぼくの使う土着という用語は、一般的な意味とはまったく異なるので注意が必要です。

土着は「逃れられない病」のようなもの

辞書で土着と引くと、「先祖代々その土地に住んでいること。また、その土地に住みつくこと」といった意味が出てきます。英語で言うとnativeやindigenousと出てきます。どちらも「先住の」とか「もともとの」といった形容詞でindigenous people(先住民)のように使われます。ここには「時間的に前」という意識が含まれています。

「時間的に前」とは、弥生文化に対する縄文文化、ローマ文化に対するケルト文化、アメリカ大陸におけるヨーロッパ文化に対するネイティブアメリカン文化のような文脈で使用されるということです。

しかしぼくは土着という言葉に「時間的に前」という意味を込めてはいません。ぼくが土着に込めるのは「固有のもの」というニュアンスです。そういう意味では「その土地固有の言語(方言)」や「その土地固有の建築様式」という時に使用される、vernacularのほうが近い気がします。ヴァナキュラーについて、ウィーン生まれの思想家イヴァン・イリイチは以下のように述べています。

ヴァナキュラーというのは、「根づいていること」と「居住」を意味するインド-ゲルマン語系のことばに由来する。ラテン語としてのverunaculumは、家で育て、家で紡いだ、自家産、自家製のもののすべてにかんして使用されたのであり、交換形式によって入手したものと対立する。(中略)ちょうど菜園や共有地からとれた基本的な生活物資のように、ヴァナキュラーな存在である。
(I・イリイチ、玉野井芳郎・栗原彬訳『シャドウ・ワーク 生活のあり方を問う』岩波現代文庫、2006年、127頁)
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