「心は売っても魂は売らない」ファンキーな土着 「逃れられない病」を土臭く泥臭く生きていく

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イリイチはヴァナキュラーを、近代社会の基本原理である交換によって手に入れられるものではなく、まだ見ぬ他者のためではなく自分たちのために作ったり、使ったりするものという意味で使っています。ぼくのいう土着がイリイチのヴァナキュラーとは少し異なるのは、必ずしも交換に対して自立的な意味を込めてポジティブに使っているわけではないという点です。ぼくにとって土着は、良いも悪いもない「逃れられない病」のようなものだと思っています。人間である以上必ず土着を持っていて、この土着が社会とうまく折り合いがつかなかったりすると「障害」と呼ばれることもあるし、反対にそれを「個性」として昇華している人もいます。

「数値化できないもの」は存在しない近代

土着とは「逃れられない病」のことです。言い換えると「目を背けようと思っても背けられないもの」とか「わかっちゃいるけどやめられない」ことだともいえます。そのような、自分のなかに確かにあって良い意味でも悪い意味でもどうしても消せないもののことを、ぼくは土着と呼んでいます。そして土着を隠し抑えつけて生きていくのではなく、土着を軸に生き方を考え、それを認め合える社会を作れないだろうか。そんなふうに考えています。

こうして、人それぞれがそれぞれの土着を認め合いながら生きていく方法を探っていく中で、まずは自分が土着を軸に生きていく方法として「2つの原理を行ったり来たりしながら生きていく」ことが重要だと思い当たりました。なぜなら、そもそも人類は光と闇、太陽と月、男性と女性など、2つの原理のなかで生きてきたからです。しかし現代ではその原理が1つだけになってしまっていて、人類史的にみると今の社会のほうがおかしいのではないか、そんなふうにも思っています。数値化しやすいものだけ、お金に換算しやすいものだけを評価してすべてを理解した気になっている現代社会の状況を、近代史研究者のジェリー・Z・ミュラーは「測定執着」という言葉でまとめています。

・個人的経験と才能に基づいて行われる判断を、標準化されたデータ(測定基準)に基づく相対的実績という数値指標に置き換えるのが可能であり、望ましいという信念
・そのような測定基準を公開する(透明化する)ことで、組織が実際にその目的を達成していると保証できる(説明責任を果たしている)のだという信念
・それらの組織に属する人々への最善の動機づけは、測定実績に報酬や懲罰を紐づけることであり、報酬は金銭(能力給)または評判(ランキング)であるという信念
測定執着とは、それが実践されたときに意図せぬ好ましくない結果が生じるにもかかわらず、こうした信念が持続している状態だ。これが起こるのは、重要なことすべてが測定できるわけではなく、測定できることの大部分は重要ではない(あるいは、なじみのある格言を使うなら、「数えられるものすべてが重要なわけではなく、重要なものすべてが数えられるわけではない」)からだ。ほとんどの組織には複数の目的があるが、測定され、報酬が与えられるものばかりに注目が集まって、ほかの重要な目標がないがしろにされがちだ。同様に、仕事にもいくつもの側面があるが、そのうちほんのいくつかの要素だけ測定すると、ほかを無視する要因になってしまう。測定基準に執心している組織がこの事実に気がつくと、典型的な反応はもっと多くの実績測定を追加するというものだ。そうするとデータに次ぐデータが蓄積されるが、そのデータはますます役に立たなくなり、一方でデータを集めることにますます多くの時間と労力が費やされてしまう
(ジェリー・Z・ミュラー、松本裕訳『測りすぎ』みすず書房、2019年、18~19頁)
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