なお、韓国には、日本に比べ、熱心なキリスト教徒が実に多い。「世界最大の教会 韓国」で検索するとたくさん記事が出てくるが、それこそ海外進出したり、オンライン化したり、しまいには教会自体を売買したりと、宗教界の変化もパルリパルリだ。
韓国大統領も歴代、熱心なクリスチャンが多いし、私が親しくさせていただいている韓国政界の方々も、週末の教会活動に熱心だ。
またビジネススクール留学時代の韓国人クラスメートも、大多数はクリスチャンで教会に通っていたし、私が交際していた韓国人ガールフレンドも、熱心なクリスチャンであった。
このように韓国では宗教活動に熱心な人が多く、東アジア最大のキリスト教国と言えるかもしれない。キリスト教の「宗教市場シェア」が非常に高いので、新しい宗教団体がつけいる余地が、日本に比べ比較的少ないのだろうか。基本的にベースにイエスキリスト様を信仰している人が多い。
結局、人間社会は「神」という存在を必要とする
これに対し、東アジアのもう1つの宗教政策は、「宗教を非科学的なデマとして徹底弾圧すること」である。
宗教的なものを排除・弾圧し、偉大なる首領様、偉大なる指導者の一党独裁制をしいた国では、その政治的独裁者が実質的に神格化されていく。
そして皮肉なことに、毛沢東にせよ、スターリンにせよ、金日成にせよ、共産圏の一党独裁制の指導者は、死後も不滅の身体として保存され、神格化される。
宗教や神の存在を否定する政治体制で、その政治指導者が神格化されていくのを見ると、結局のところ人間社会は、神という存在を必要とするのがよくわかるだろう。
「神様にすがりたい」という需要は、今後も巨大な市場を形成していくだろう。こう考えると、仏教なりキリスト教なりイスラム教なりが「神様にすがりたいという需要」を満たしているということは、社会の安定に重要なのだろうか。
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