敗戦に向かい合った日本人の精細描写に見える事 山田風太郎「戦中派不戦日記」の観察眼に学べ

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当時の人びとが敗戦にどう向かい合ったのかを知ることから始める(写真:ohagi reiko/PIXTA)
小説家・奥泉光さんと歴史家・加藤陽子さん。戦争とその物語を知り尽くした二人の対話から、「戦後」も77年になろうとする今こそ、「日本人と戦争」について改めて考えたい――。
必読史料から手記・文芸作品までを読み解きながら展開される対談を収めた『この国の戦争――太平洋戦争をどう読むか』から一部抜粋、二人がとくに推す「いま戦争を考えるための必読本」を3回連載で紹介します。
第2回は、「日本」という共同体に卓越した観察眼を向け、戦時中の状況を活写した証言としても貴重な、山田風太郎『戦中派不戦日記』をめぐる対話をお届けします。

皇国少年にとって「天皇」とは?

加藤 陽子(以下、加藤):いま戦争について考える上で必読の書として、山田風太郎『戦中派不戦日記』(初版1973年、新装版、講談社文庫、2002年)を挙げたいと思います。

奥泉 光(以下、奥泉):1922(大正11)年生まれの山田風太郎は、戦争の犠牲者が最も多かった世代に属しますが、彼自身は戦争に行っていない。医学生だったので、徴兵されずに内地にいて、その意味では、世代は違いますが、『暗黒日記』(初版1954年、ちくま学芸文庫、2002年)の清沢洌と同じような位置にあって、戦時中の日本の状況についての証言をなした。

山田風太郎という人には親がいないんですよね。懐かしむべき故郷もない。これは特異な状況で、『戦中派不戦日記』に独自の個性を刻むことになった。このことはたとえば『砕かれた神』(初版1977年、岩波現代文庫、2004年)の渡辺清と比較するとよくわかります。

渡辺清は志願の少年兵として海軍に入った人で、戦艦「武蔵」に乗艦していたときの体験をもとに『海の城』(初版1969年、朝日選書、1982年)という小説を書いているんですが、そのなかで天皇についてこう書いている。

「おれが天皇というとき、そのなかには同時に両親や兄妹、村のおじさん、おばさん、かわいい子供たち、そして馴染みの山や川や森……。つまりこの国土の一切をそこに含めているのだ。そういうものをすべてひっくるめて、総称的な意味で、それをおれは天皇といっているのだ」。天皇と言ったとき、自分が言うのは天皇個人じゃないんだと。超越的な神というのでもない。故郷とか家族とか、そういうものの総称としての「天皇」なんですね。

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