「会議室の外と中の会話が同じ」なのが危険な訳 本音と建前をわけなくなると起こること

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それが「建前の領分を守ろう」として機能するうちはよいのですが、「本音との二重構造をなくせ!」に転じると上から目線の偏狭さがでて、排他的になってしまいます。

千葉:問いの立て方自体に罠があって、僕の個人的経験からいえば、ヨーロッパやアメリカはもしかしたら日本以上に、本音と建前とが分離されている社会ですよ。「欧米では一致しているはずだ」という考え方こそが日本人の幻想で、実際には両者の分離を前提にして動かすのが、西洋近代社会の基本システムだと捉えたほうがよいでしょう。

私生活の「見せ方」が、その人の品位

與那覇:本音との乖離が起きない、建前としての理想が一義的に実現する社会を地上につくれるはずだと唱える思想や運動は、最初から「原理主義」にすぎなかったと。そしてそれは日本固有ではなく、欧米とも共通の病だったわけですね。

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千葉:ええ、世界的に同じ現象が進行しているのではないかと思います。ポリコレというのも、かつてはその言葉づかいの過剰な修正を揶揄されていましたが、いつの間にか、普通に「政治的な正しさ」を求めるべきだと捉える人が増えた。このあたりのねじれは綿野恵太さんの『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社)が詳しいです。

與那覇:「建前と本音」の対は、一般には「公的空間と私的空間」に対応しますが、総SNS社会となり誰もがプチ芸能人のように私生活をネットにアップしていると、双方の空間をはっきり区切れない。そうした中で原理主義的な言葉狩りが横行し、「自由に発信するほど不自由になる」おかしな状況が生まれています。

千葉:リチャード・ローティは、公共的な哲学と私的な哲学を分けて考えることを提案しました。しかし本当は、私的な実存やアイデンティティ・ポリティクス(人種、ジェンダーなど特定のアイデンティティを土台とした政治運動)の問題と、公共的な問題を「どうつなぐか」を考えるべきだったのでしょう。

與那覇:ユーチューバーやインフルエンサーのように「私的な領域を公(おおやけ)の視線に開く」生き方が増えてきたいま、大切な指摘だと思います。両者のつなぎ方についてのモラルがないままでは、やたらと衒示的(げんじてき)ないし露悪的になり、それが炎上を招く。誰もが「品位」を意識して、自らを洗練させていこうと努めるあり方が、やはり求められています。

千葉 雅也 立命館大学大学院先端総合学術研究科教授

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ちばまさや / Masaya Chiba

1978年生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。著書に、『動きすぎてはいけない―ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出文庫)、『勉強の哲学―来たるべきバカのために』(文春文庫)など。近刊に『現代思想入門』(講談社現代新書)、芥川賞候補となった小説『オーバーヒート』(新潮社、川端康成文学賞を受賞した「マジックミラー」収録)、國分功一郎氏との共著『言語が消滅する前に』(幻冬舎新書)などがある。

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與那覇 潤 評論家

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よなは じゅん / Jun Yonaha

1979年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。地方公立大学准教授として教鞭をとった後、双極性障害にともなう重度のうつにより退職。2018年に自身の病気と離職の体験をつづった『知性は死なない』が話題となる。著書に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』『歴史なき時代に』『平成史』ほか多数。2020年、『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著)で第19回小林秀雄賞受賞。

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