塩分に注意しなくてはいけない時期にもかかわらず、ファストフードの塩分過多なハンバーガーやフライドポテトを美味しそうに頬張っていたこともあります。
これは入院ではありえないことですが、余命が限られているなかで、本人がそうしたいと願うことなら、食べたいものを好きに食べることや、お酒やタバコを楽しむことも、1つの大切な選択だと私は思います。
それによって寿命が縮まるリスクや、症状が辛くなるリスクを十分に理解した上で、食べることが大好きな方が「食べたい」と望むなら食べる、タバコを吸いたい方がいたらタバコを吸う。本人がそのリスクを理解したうえで、「それでも」と望むことなら叶えてあげたいと思うのです。
本人の希望を叶えることも仕事の1つ
そのときは、家族からも理解が得られるように努力します。また家族がそれを認めたことで後悔しないように努めることも、私の仕事です。希望を叶えることで生まれるリスクを患者さん本人にしっかり理解してもらい、家族の理解も得ながら、本人の希望を大切にしていく。
なぜなら、死期が近づくなかで本人の望みを叶えるお手伝いをすることも、私たち在宅ケアに携わる者の務めだと思うからです。
終末期における在宅医療では、入院とほぼ変わらない治療を行うことができます。ただ、Aさんが患っていた心不全という病気に限っては、治療に必要な設備などの関係から、病院のほうが明らかにレベルの高い治療を受けられます。ですから、心不全で改善する見込みがある場合には、私も病院での治療を強くすすめます。
しかしAさんは、「もう絶対に病院には帰らない」と固く心に決めていました。それを聞いて、私たちも最後まで最大限にサポートしようと決意しました。
心不全の終末期に、心臓の働きを支える注射薬が必要な患者さんで、在宅療養を選ばれる方はかなり少数です。Aさんが入院していた病院でも、こうした患者さんを在宅医に移行するのは初めてのことで、私自身も心臓の注射薬を使いながら、心不全の患者さんを看取ったのは、Aさんが初めての経験でした。
独居ですから、体が動けない状態で1人で過ごすことは何かと大変です。それでも、日に日に体が弱りながら、ベッドの周りに食べ物をたくさん置いて、「やっぱり家が気楽でいい」としみじみつぶやいていたAさん。「何か困っていることはない?」と聞くと、「うん、何にもない」と満足気な表情を浮かべます。寝たきりで不自由な生活ではあるのですが、心底「今がいい」と実感しているような表情を、今でも思い出します。
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