上司が「席に仕切り」を作りたがらない本当の理由 部下の姿が見えない上司の「憂鬱」が関係?

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ところがコロナが蔓延したため、感染対策として日本でもオフィスに仕切りを設ける企業が増えていると聞いた。日本企業もようやく変わってきたかと思い、さっそくオフィスを覗いてみた。

すると、たしかに一人ずつ仕切られている。しかし仕切りは透明のアクリル板だ。これならウイルスの侵入は防げるが、視線は防げない。視線を遮らないことはそれほど大切なのか、と思わず苦笑してしまった。

大部屋で仕切りのないオフィスでは、上司が部下の仕事ぶりをつねにチェックできる。そのため部下は、上司の視線や言動をいつも気にしていなければならない。取るに足らないひと言や、表情、態度、服装、身なりの変化にも部下は耳を傾け、注目する。それが上司の承認欲求を満たしてくれるのだ。

大部屋で働きたがる上司は、よい上司か?

さらに日本では管理職が個室に入らず、大部屋で部下と一緒に仕事をすると、オープンマインドで部下とのコミュニケーションを大切にする民主的な管理職だと評価される。しかし当然ながら、部下と机を並べて仕事をしているからといって、上下関係がなくなるわけではない。近くにいることで、自分の偉さや存在感をいっそう周囲に示すことができる。

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要するに「大部屋、仕切りなし」、おまけに仕事の分担が不明確で部下が上司に依存するという日本の職場は、上司の承認欲求が自然に満たされる構造になっているのである。しかも世間では、それが平等主義的だとか、民主的だとか評価されるのだから、上司にとってはいっそうありがたい。

テレワークは、そのような環境を一変させてしまう。自分に注目し、自分の言葉に耳を傾けてくれる部下が目の前にいなくなったのだ。仕事帰りに立ち寄るバーや居酒屋での飲食も職場の延長で承認欲求を満たす場だったが、それもなくなった。

おまけにコロナ禍で忘年会や新年会、歓送迎会、創立記念パーティといった会社の年中行事も軒並み中止に追い込まれ、管理職にとっての晴れ舞台がなくなってしまった。

それだけではない。テレワークでは組織の物理的な壁がなく上司の監視の目も届きにくいので、部下は外部とのコミュニケーションがとりやすい。仕事を離れた勉強会や情報交換会にリモートで参加する機会も増え、社外にネットワークができてくる。

ちょっと困ったことや知りたいことがあれば、外部の友人に聞けばよい。その結果、少しずつ会社や上司との距離が広がり、上司は以前ほど部下に頼られなくなるのだ。

太田 肇 同志社大学教授

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おおた はじめ / Hajime Ohta

1954年兵庫県生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。京都大学経済学博士。公務員を経験の後、滋賀大学経済学部教授などを経て2004年より同志社大学教授。専門は組織論、人事管理論、モチベーション論。著書に『承認欲求』『お金より名誉のモチベ-ション論』(東洋経済新報社)、『日本人ビジネスマン「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『承認とモチベーション』(同文舘出版)、『公務員革命』(ちくま新書)、『組織を強くする人材活用戦略 』(日経文庫)、『がんばると迷惑な人』『個人を幸福にしない日本の組織』『「承認欲求」の呪縛』(新潮新書)など多数。

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