パナソニック「幸せの、チカラに。」へ感じる疑問 松下幸之助の「言霊力」こそ経営トップに必要だ
「先日(CEO就任の2021年10月)、楠見新CEOから方針発表があり、経営理念に立ち返り、社会の公器として預かり物を無駄にすることなく、自主責任経営に徹しよう。松下らしさを取り戻そう。それぞれの事業分野で命知を今とこれからの視点で解釈し、理想の社会の実現に、貢献しよう、と表明しました。こういう話をトップの口から聞くのは何十年ぶりのことでしようか。この方針を聞く限り、非常に力強く感じています」
筆者は、この文書を読み終え、同OBに次の感想を述べた。
「もっと人々の心を揺さぶる表現を駆使しなくてはならないのではないでしょうか。この内容と文章では、創業者・松下幸之助氏の経営理念を現代的に解釈しているだけとも受け取られかねない。私の言葉で言えば、(経営の)文学性に欠ける表現ですね。最近の企業トップに、人間的魅力が欠如している、面白みがない、と言われる人が少なくないのは、松下幸之助氏やその他の名経営者が匠の技として駆使した『言霊』という経営者の武器を上手に使えていないからだと思います。
起こった事実について正確に話すことができ、誰もが使っている経営用語やIR(投資家向け広報)用語を駆使して機関投資家とアナリストにきっちり説明できるのと、人々の心を揺さぶり、組織を動かせるのはまったく別次元の話。経営者には両方の資質が必須です。
チャールズ・A・オライリー(スタンフォード大学教授)とマイケル・L・タッシュマン(ハーバード大学教授)が構築した経営学の理論である『両利きの経営』にあやかれば、『両利きの言葉力』が求められます。ビッグビジネスを司る人にとって、より重要なのは人々を感動させるストーリーテラー、声色まで鍛錬する舞台役者としての資質です。言い換えれば、優秀な技術者出身であっても、トップになれば、優れた(経営)文学者の顔を持たなくてはなりません」
このコメントに対して同OBは、こう答えた。
「確かにそうかもしれません。長い間、創業者の経営理念は形ばかりになっていたのです。良い意味で松下電器産業に戻ろうというメッセージにとして届きました。現社員だけでなく、元幹部だったOBたちも感動したようです」
確かに、楠見氏の文書を読むと、「パナソニックは」ではなく、「松下は」と語りかけている。
かつてトヨタ自動車と並び称される製造業の雄であったパナソニックが、長年のライバル、ソニーに大きく水をあけられている。その厳しい現実を目の当たりにしているパナソニック関係者にとって、楠見氏の一言は救いの神が発するお告げのように聞こえたのかもしれない。
文学性を駆使できないパナHD
そうはいっても、「言葉遣い」という視点から評価すると、どうも、4月1日以降、パナソニックHDは(経営の)文学性を駆使できているとは言えない。
この点に関する次の具体的な指摘は、少し厳しく感じるかもしれない。だが、多様な価値観を許容し、ダイバーシティを強力に推進しようとしているパナソニックHDおよび各事業会社のトップ、リーダーには、このような見方もあるものだ、と前向きに受け取っていただきたい。
「幸せの、チカラに。」――。このフレーズを目、耳にして、「幸せの、」と「チカラに。」の繋がりと語感に違和感を覚えたのは筆者だけだろうか。
まず、句読点の使い方が気になる。SNSの文章はスマホを使って書く場合が多いせいか、句読点をまったく使わない文章を書く人が増え、大学生のレポートにも見られる。こうした状況に大学教員も警鐘を鳴らしている。「正しい日本語」にうるさい人の目には、「幸せの、チカラに。」はどのように映るだろうか。さらに、「チカラに。」をカタカナにしているが、その意味も不明確だ。単なる言葉遊びと捉えられてもおかしくはない。
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