本当はトモダチなんて1人もいなくていい 平川克美×小田嶋隆「復路の哲学」対談(3)

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小田嶋:そうなんです、完全に正しいんです。この考え方を受け入れないかぎり、性差別とか民族差別のいちばん深刻なところが解決しませんから。ただ、このハラスメントの概念を拡大していくと、とても厄介なことが起きる。

わかりやすい例は、言葉狩りですよね。別に差別の意図はなくても、「言われたほうが嫌な思いをする言葉は使ってはいけない」という論理自体は正しい。でもその結果、たとえば「バカチョンカメラ」なんていう言葉を使ってはいけないことになってしまう。「チョン」は朝鮮人のことじゃないんだけど、誰かが「朝鮮人を馬鹿にしている」「差別語だ」と言い出すと、途端に使えなくなってしまう。

平川:言葉狩りというのは、かえって差別を増長するようなところがあるよね。

責任を取れる大人がいないと、正義は横行する

小田嶋:「もともとは違うんだ」と言っていても、聞く側に「君たちがそのつもりじゃなくても僕たちにはそう聞こえて不愉快だ」という人が現れた瞬間、「じゃあこの言葉はお蔵入りにしよう」ってことになっちゃうんです。

平川:新聞なんかだと「障害者」も「障碍者」と書けって言われたりするよね。

小田嶋:ああいうのも大っ嫌いですね。おためごかしですよ。だって、それを言うなら日本経済新聞の「經」の字って、漢和辞典で見たら「首をくくる」という意味だって書いてありましたから。ひらがなで書かないと「日本首くくり済み新聞」という意味になってしまうとも考えられる。

平川 克美●1950年、東京都生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立。1999年シリコンバレーのBusiness Cafe Inc.の設立に参加。現在、株式会社リナックスカフェ代表取締役。2014年、古き良き喫茶店「隣町珈琲」を開店し、店主となる。 著書に『俺に似たひと』(医学書院)、『グローバリズムという病』(東洋経済)、『路地裏の資本主義』(角川SSC新書)、などがある。

平川:わはは! 言葉狩りについては、実際には出版社にしても新聞社にしても、真剣に「これは差別にあたるだろうか」と考えて言葉を選んでいるわけじゃなくて、「あそこもやっているからうちも」ということでやっちゃう、ということだと思うんです。

そこで「大人」が必要なんだと思うんですね。「いや、責任は俺がとるから『障害者』で行こうよ」というふうに引き受ける大人がいないと、どこまでも「正義の横行」に対する歯止めがかからなくなってしまいます。

小田嶋:実際「障碍者」とか「障がい者」なんて書くほうが、「障害者に気を遣ってますよ」というのが行間に書いてあるようで気味が悪いですよね。おばあさんに話しかけるときに、わざと小腰をかがめてしゃべる女子アナみたいで。「そんなに小さくならなくていいじゃないの」と思うのだけど。「障害者」を「障がい者」と書くのって、そういう気持ち悪さがあるんですよね。

平川:小田嶋さんはそういうことに敏感だよね。でも、実際には、あらゆる言葉には侮蔑が入っているんだから、そんなこと言い始めたらしゃべれなくなるよね。

小田嶋:そうですよ。「八百屋」と口にしたとき、侮蔑のニュアンスがあるとしたら、それは言葉に宿っているんじゃなくて、それを口にしているわれわれの中に、八百屋という職業を軽んじている気持ちがどこかにあるのです。「八百屋」を「青果販売業」と言ったところで侮蔑がなくなるかというと、そんなことはない。

平川:むしろ、二重に侮蔑がこめられることになります。

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