本当はトモダチなんて1人もいなくていい 平川克美×小田嶋隆「復路の哲学」対談(3)

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 大人の消滅により、日本では親子関係、友人関係が変容してきた。「絆」という言葉に象徴される現代の「仲間意識」は、大人不在の社会の「仲間依存」の構図ともとらえられるのではないか――。
 「いま日本人が考えるべきことは、経済成長ではなく、日本人全体の<幼児化>がもたらしている問題についてではないか」。新刊『復路の哲学 されど、語るに足る人生』が話題の経営者・文筆家の平川克美さんが、コラムニスト、小田嶋隆さんと語り合う。
※ 第1回「そして日本からオトナがいなくなった
※ 第2回「競争が「ガキとジジイしかいない国」を作った

 

小田嶋:封建制や旧来の家制度みたいなものにはたくさんの問題がありました。そして、それらを壊して人々が実現しようとしてきた、上下や差別のないフラットな社会というのは、基本的にはすばらしい理想だと思うんです。

ただ、家制度みたいなものがなくなって、すべての人がフラットにつきあうような社会が実際に立ち現れてくると、「大人がいない」という問題が表面化し始めた。そのことにたじろいでいるのが、今という時代なのかもしれません。

100%正しいからこそ、厄介な問題

小田嶋:「人権」のように、否定しようのない正論って、突き詰めて行くと非常に厄介な問題をはらみ始めますよね。たとえば「ハラスメント」っていう概念は、今やセクハラとか、パワハラとかという形で、かなり社会に定着しています。これは、それまでの刑法で裁かれてきた罪や犯罪とはちょっと異質なものだと私は思うんです。

それまでの刑法で裁かれるような犯罪っていうのは、被害を与えた人間の側に悪意があったか、あるいは動機があったか、ということが量刑においてかなり重要な要素として問われました。たとえば人の足を踏んじゃったときに、踏もうと思わなかったのに踏んでしまったのか、怪我をさせてやろうとして踏んだのかではまったく違うわけです。故意じゃなければ過失傷害であって、傷害罪とは違う、というように。

ところが、ハラスメントという概念は、加害者側がどういうつもりだったかということにかかわらず、被害者が「被害を受けたと感じた」という事実が重視される。人種差別や女性差別もこういう考え方に基づいていると思いますが、これって、100%正しい考えなのにもかかわらず、すごく厄介な問題をはらんでいる。

平川:わかる。すごく厄介だよね。でも、正しいんだよ(笑)。

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