その日、三菱自動車の社長は来なかった

「抜擢人事」の後に起きた裏面史を綴る

スクープ記事が掲載された日に緊急記者会見が開かれたと記憶している。三菱自動車の役員は、三菱重工を真似て専務の役職がなく、社長、副社長、常務、取締役という並びだった。この時、副社長は5人、常務は9人で、塚原氏は4番目の常務で経営企画室長という役職に就いていた。

大手企業の経営企画室長と言えば、記者から頻繁に取材を受けていそうなものだが、塚原氏はほとんど表舞台に出ていなかった。ある意味、社長交代会見で初めて華やかなスポットライトを浴びることになったのである。

当時は、大手企業の新社長は主要なメディアに対して、すぐに単独インタビューに応じるのが一般的だった。インタビューの順番によって記事掲載時期が異なるのを避けるため、株主総会前にインタビューを行い、株主総会後に記事掲載を解禁するといった方法が取られていた。三菱自動車にも各メディアからそうした要望が殺到しただろう。

ところが、待てど暮らせどインタビューが入らない。「株主総会が終わって、正式に社長に就任した後でないと、社長としてのインタビューには応じられない」と塚原さんが頑なに断っているというのだ。「就任後に会うとなれば、記事の掲載日に縛り(制約)は付けられないから順番をどうするんだ」と、三菱自動車の広報担当者は各メディアから相当突き上げられていたはずである。

就任直後から会社を休んだ新社長

しかし、そんな心配はしなくて良いことになった。塚原社長が株主総会の翌日から会社を休んでしまったからである。当初は「体調を崩して」という説明で、病気のことを記事にすることは見合わせていたが、1カ月、2カ月と経過。さすがに新社長が就任後に全く出社していないという異常事態が外部にも知られ始めていた。

9月頃になって、ようやく塚原社長が出社するようになり、三菱自動車では当初は予定していなかった大規模な新社長就任パーティを都内ホテルで開催。その後に各メディアとのインタビューも順番に始まった。ところがインタビューした記者の多くが、首を傾げながら記者クラブに帰ってくる。自分の番になって、社長室に通されると、室内に大きなスクリーンが設置され、最初にパワポのプレゼンテーションが始まったからだ。

当時、三菱自動車と合弁を組んでいたオランダのネドカー社

11月になると、三菱自動車からスウェーデン・ボルボ社と合弁でオランダに設立した「ネドカー社」の視察旅行を実施したいという話が出てきた。中村会長、塚原社長ら三菱自動車の経営陣に、自工会クラブの記者が随行して取材するというものだ。

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