ある家庭の例をあげよう。ここは50代後半の夫と40代前半の妻という、少し年齢差がある共働き夫婦だ。小学5年生の1人娘がいる。家族仲が悪いわけではなく日ごろの雑談はあるものの、忙しくて、夫婦の会話は業務連絡のみ。妻は最近、思春期に入り始めた娘の口数が少なくなってきたことが、気になっていた。
妻は、娘のためにも家族のコミュニケーションをもっとよくしたいと強く願っていた。それには彼女なりの理由があった。
「私自身が育った家では、家族の対話なんてほとんどありませんでした。何に関しても親にすべての決定権があり、親が一方的に自分たちの考えを伝えるだけ。私もきょうだいも、親に何か意見を聞いてもらった記憶がありません。
ただ親の言うことに従うか、黙って反抗するか。きょうだい全員、成人したらすぐ家を出ました。今も親との会話は難しいし、それに、対等のコミュニケーションがどんなものかが長い間よくわからなくて、他の人との対話にずっと苦手意識がありました。娘にはそんな体験をしてほしくないんです」
「男は黙って」がポリシーの夫
そう打ち明けてくれた女性は、子どもが生まれて以来、コミュニケーションや人間関係について学び始めたという。家族会議のワークショップに参加してくれたのも、その一環だった。
ただそんな妻とは違って、10歳以上年上の夫は「男は黙って」がポリシー。よく働いて、娘には優しくいい父親だし、夫婦げんかをすれば、後日花やプレゼントをそっとテーブルに置いてくれる。家族を大切に思う気持ちは、行動を見れば伝わってくるものがあるが、かといって、改まって家族が対話することには、まったく意義が感じられない様子だった。
妻は、家族会議をやってみようと誘ったこともある。始めはしぶしぶ付き合ってくれたが、いざ夫婦や家族の課題について話そうとしたり、自分と異なる意見が出たりすると、夫はとたんに攻撃的になる。結局、妻や娘は我慢して意見を言えなくなった。これでは家族会議は盛り上がらないどころか、余計に会話がこじれてしまう。
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