西側諸国のワクチンに対する不信感を植え付けることを狙ったもので、「ワクチンの副作用の可能性を選択的に強調し、文脈情報や進行中の研究を無視」し、接種と死亡例との間に根拠のない関連性を持たせて、自国のワクチン外交を有利に進めるための情報戦だというのだ。コロナ関連の陰謀論も例外ではない。
ここで思い出さざるをえないのはエイズが生物兵器だとする陰謀論にソ連の暗躍があったことである。
前出のシンガーとブルッキングは、「とりわけ悪名が高いのはアメリカ軍がエイズを発明したと主張するインフェクツィオン(ドイツ語で感染の意)作戦」だと述べている。1983年にKGBがインドのパトリオット紙に論文を掲載したのが作戦の始まりだという。同紙はKGBの前線として創設されており、偽著者による偽論文は40以上のソ連の新聞、雑誌、ラジオ、テレビで取り上げられ、また親ソ的な西側メディアにも浸透させ「作戦はめざましい成功を収めた」という(前掲書)。
コロナ禍の初期でもRTなどが「アメリカの生物兵器説」を唱えていたことを考えると、これが現代のロシアによる情報戦のひな形になっているといっても過言ではないかもしれない。
両論併記、中立的なふるまいは、もはや有害
しかし、ウクライナ侵攻で情報戦の状況は変わりそうだ。
グーグルはRTなどのロシアメディアについて、アプリやYouTube動画などで広告収入を得ることを禁止した。フェイスブックを運営するメタも同様の措置に乗り出した。さらに欧州通信社連盟(EANA)は、偏向報道を理由にロシアのタス通信の会員資格停止を発表。ついに欧州連合(EU)もRTとスプートニクの禁止措置を明言した。
これはうそをうそで塗り固めた「うそのミルフィーユ」状態をもたらす戦術の前では、従来のような両論併記、中立的な振る舞いがもはや有害であることが明らかになったことの表れであり、あらゆるメディアは情報戦の当事者であることを自覚した取り扱いが求められるということでもある。あからさまなうそと思われる主張をそのまま流すのは、事実関係に争いがあるような印象操作に加担することになるからだ。つまり、場合によっては中立的であることが偽情報に一定の信憑性すら与えてしまう。
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