また、厄介なことに今日の情報戦は、ソーシャルメディアの登場によりアテンション・エコノミー(注目経済)に大きく依存する傾向が強まっている。事実よりも人物としての魅力や物語としての面白さがあるほうが有利になるからだ。これは陰謀論がはやる心理要因の1つでもある。
このような意味においてウクライナは善戦しているといえる。ロシアメディアから「キエフから逃亡した」という噂を流された際、ゼレンスキー大統領は、首相や高官とともに自身の姿を撮影して配信した。「私はここにいる。私たちは武器を捨てない。祖国を守る」などと述べ、噂を明確に否定するだけでなく、国民を団結させ広く海外にもアピールする好機に変えるしたたかさをみせた。ソーシャルメディアの戦場でゼレンスキーは圧倒的な支持を集めることに成功している。
虚実のダイナミズムを熟知するゼレンスキー
ゼレンスキーの来歴を踏まえると、興味深い事実が浮かび上がる。コメディー俳優だった頃、ゼレンスキーのイメージを決定付けたのは、ウクライナの大ヒットドラマ「国民のしもべ」(2015)の高校教師役であった。政治汚職に怒り狂う様子が隠し撮りされ、その動画が拡散されたことをきっかけに、大統領になる道が開かれるという筋書きだった。
その後、ドラマと同名の政党「国民のしもべ」を立ち上げて2019年に大統領になった。虚構から現実へとシームレスに移行しつつ虚実のダイナミズムを熟知するその特異な経歴とキャラクターは、情報戦の枢要に驚くほど敏感なハイブリッド的な感受性の持ち主であることをうかがわせる。
スマートフォンの普及により高まる人々のネタ消費への誘惑を大いに活用し、動員ツールに変える現代の情報戦は、わたしたちにとって、絶えず注意を奪うように仕向けたり、感情的な被害を受けたりするといった事態を引き起こすだけでなく、他愛のない陰謀論が及ぼす影響も含めて誰もが無関係ではいられない。オンライン上にいても、いなくてもだ。
アノニマスが参戦し、IT大手各社が規制に舵を切り、膨大なボランティアが画像や動画の検証を行い、Qアノン信奉者が訳知り顔でウクライナがディープステートの本拠地だと吹聴する──「デジタルの小競り合いがことごとく『戦争』であり、傍観者全員が戦闘員になりうる世界」「見るもの、いいと思うもの、シェアするものすべてが、情報戦の戦場の小さなさざ波を象徴し、戦っているどちらか一方を支持することになる」(前掲書)というシンガーとブルッキングの言葉は、ますます真実味を帯びているように感じられる。
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