「部下が動かない」と嘆くPDCA信者に欠けた視点 権限のないリーダーが結果を出すトヨタの強み
しかし、権限をもたせないというだけでは、この制度はうまく機能しません。多くの企業がトヨタのチーフエンジニア制度を模倣しようとし成功しないのは別の要因があるからです。私はかつて、同社の元チーフエンジニアの方にこの点について質問したことがあります。その方の回答は、「リスペクト」(尊敬)ということでした。つまり、チーフエンジニアが組織のなかで尊敬されていることが求められるということです。
リスペクトがあると、命令上対立する機能別管理者がいたとしても、「あいつが言うのだったら今回は泣いておこう」というように協力を得ることが容易になります。その結果、あたかも権限があるかのような効果を発揮することができるのです。
不確実なプロジェクトのマネジメント
このようなチーフエンジニアの役割は、製品開発という不確実なプロジェクトのマネジメントを行うOODAマネジャーとして位置づけることができます。OODAループとは、観察(Observe)、情勢判断(Orient)、決定(Decide)、行動(Act)から構成されます。計画(Plan)、実行(Do)、チェック(Check)、是正(Action)から構成されるPDCAサイクルとの大きな違いは、計画から出発しないということです。
OODAループを回すのに計画が不要というのではありません。日次ベース、週次ベースの計画は立てることができるでしょうし、それは必要でしょう。ただし、これらの短期計画はあくまでも暫定的なものです。中長期的な行動を拘束する計画はOODAループには存在しません。
そしてもう一つの違いは、サイクルではなくループという言葉が使われていることです。サイクルとは、サイクル期間が事前に決まっていることを含意します。たとえば、PDCAは通常年次ベースで1回回すことが多いでしょう。しかし、ループとはプログラミングのForループ、Whileループのように、ある条件が満たされているかぎり、何度も同じ作業を繰り返すということを意味します。OODAループは何度も高速で回していくことが求められます。この高速回転により、不確実性を削減していくことがOODAループの本質となります。つまり、不確実性が十分に削減されるまでは、無理に計画を押し付けるのではなく、観察をベースとした試行錯誤を続けるということです。
トヨタのチーフエンジニアは、不確実性を伴う非定型的な開発業務についてはOODAループを回すことで実施しています。ただし、チーフエンジニアには権限が与えられていないため、具体的な開発業務は現場の開発者に委託することになります。チーフエンジニアの業務は、何をいつまでに完了すべきかという業務内容の割り振りやスケジュール管理、予算管理になります。それと同時に、現場の開発者とのコミュニケーションを通じて業務支援を行ったり、開発担当者間での調整作業が求められます。
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