「看取り」の濃密な時間が子を成長させる 死の際にいる人と過ごす時間から何を得るか

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グリーフワークという言葉から、僕らは普通、「大切な人を亡くし、心が傷ついている人」をターゲットとして、「その人たちをどうケアするか」という枠組で問題を捉えてしまいがちです。もちろん、それも取り組むべき課題であることは間違いありません。ただ本来、グリーフワークはそうした「特定の人」に向けるのではなく、すべての人を対象としたものである必要がある。

なぜなら、僕らはみな、必ず死ぬからです。

そういう意味では、グリーフワークの問題は、「教育問題」として捉え直すべきだろうというのが僕の考えです。

「対人関係におけるストレス」が変わる

教育としてのグリーフワークが子どもたちの教育のレベルから浸透してくれば、それは単に「看取りの場面」に留まらず、日常の僕らの立ち居振る舞いに大きな影響を与えるはずです。

たとえば頼みごとをされて「面倒だな」と思ったとしても、そこでふっと「死」を意識するようになると、「明日、この人か、私か、どちらかが死ぬかもしれない」という思いがよぎる。そうすると、その出会いが一期一会であることが、より強く意識されることになるでしょう。そんな気持ちがよぎれば、相手のお願いをそう簡単にむげにはできなくなります。

実際問題、僕らが対人関係上で感じるストレスの多くは、今日も、明日も、明後日も、自分や周囲の人の命が続いていくということを前提にして生じているものです。でも、その前提には何の根拠もありません。現実には私たちはいつ死ぬかわからないし、長い年月の間には、必ず死ぬ存在なのです。

グリーフワークの本質は、個別の死を悼む方法論というよりもむしろ、「僕の命も、あなたの命も、ここに生きているすべての命がはかない、風前の灯である」という素朴な事実を、実感として「知る」ということにある、と僕は考えています。

かつては、そういう感覚は特殊なものではないし、特別に学ぶようなものではありませんでした。ところが僕らは医学の進歩や、平和の実現によって、死から遠ざかっています。、実際には僕らはいつか死ぬという事実は変わっていませんが、感覚的には「いつまでも死なない」という意識が強く、強くはびこっている。

もしそうした感覚世界に働きかけ、変化を促すようなグリーフワークができるなら、それは単に「死を悼み、身近な人を看取る」力を高めるということではなく、僕らが生きていく上での総合力を高める、本質的な意味での「教育」になりうると僕は思うんです。

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名越 康文 精神科医

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なこし やすふみ / Yasufumi Nakoshi

1960年、奈良県生まれ。精神科医。専門は思春期精神医学、精神療法。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院(現:大阪府立精神医療センター)にて、精神科救急病棟の設立、責任者を経て、99年に同病院を退職。引き続き臨床に携わる一方で、テレビ・ラジオでコメンテーター、映画評論、漫画分析など様々な分野で活躍中。
著書に『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSコミュニケーションズ、2010)、『毎日トクしている人の秘密』(PHP、2012)、『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院、2012)、『驚く力 さえない毎日から抜け出す64のヒント』(夜間飛行、2013)などがある。
夜間飛行よりメールマガジン「生きるための対話」刊行中。オフィシャルウェブサイトはこちら。twitterはこちら

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