インド老舗たばこ企業のサプライチェーン革命 100年企業の「ITC」が成し遂げた大変革!

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この巨大企業の非常にユニークな点は、農水産品の生産者を自社のサプライチェーンに直接参加させる取り組みをしていることだ。農村、漁村部の生産者とインターネットを介してつながり、大豆や小麦、コーヒー、エビなどの農産品や水産養殖産品を直接調達するのである。この仕組みは「e-Choupal」(ヒンディ語で集まる場所という意味)と名付けられている。

400万人の生産者と直接つながる

e-Choupalが導入されるまで、インドでは農水産品を生産者から安く仕入れて企業には高く売るというあこぎな中間業者が多く存在し、サプライチェーンにとって問題となっていた。こういった強欲な中間業者をサプライチェーンから排除し、さらに供給遅延などの課題を解決するために、ITCはe-Choupalに計画的に投資した。具体的には、専用のプログラムを搭載したコンピュータを全国に提供し、現在はおよそ4万カ所の村落の生産者400万人以上が利用できるようになっている。

このコンピュータを介して生産者は、自分の生産物の販売をITCと直接交渉することができる。市場価格の情報や先進的な生産方法などを学べたり、種子や肥料といった物資を注文したりもできる。こういった試みはITCにとっては原料調達価格を低減するのに役だっただけでなく、生産物の品質を向上するのにも一役買った。原料のトレーサビリティを向上する上でも効果があった。これはライバル企業と水をあける上で非常に重要な戦略となった。

コンピュータは訓練を受けたリーダー役の生産者の家に置かれ、電話線やVSAT接続でインターネットに接続されている。各設置場所は、1カ所あたり半径5キロの範囲にある周囲の10程度の村から利用できる。リーダーは運営費を負担するが、代わりにe-Choupalを通じて行われた電子取引のサービス料を受け取ることができる。

e-Choupalを導入したメリットは生産者にとっても大きい。正しい生産知識を得たことで収穫量が増加。同時に品質も向上したため、収入水準が向上する。これまで強欲な中間業者にかすめ取られていた取引コストが減少したのはもちろんのことだ。このため、零細な農家でも利益を得やすくなった。情報網が発達した都市部から遠く離れていても、リアルタイムで情報を得ることができるようになった。

ITCは今後2~3年でe-Choupalを導入する村を10万カ所に拡大し、利用者数を1500万人に増やす計画である。さらに、医療や教育サービス、水管理、家畜の健康管理などの分野でもe-Choupalを活用する実験プロジェクトが進められている。農水産品の生産者にとって経済効果が高いだけでなく、彼らの生活水準そのものを向上させようとしているe-Choupal。2008年には、世界銀行によって「貧困層にとってより包括的な市場を実現する革新」として取り上げられ、評価されている。

帝羽 ニルマラ 純子 インドビジネスアドバイザー

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ていわ にるまら じゅんこ

インド共和国・バンガロール生まれ。法政大学大学院修了。来日以来14年間で、日印コンサルタント会社起業を経て、現在インドビジネスアドバイザーとグローバル人材トレーナーとして活躍。著書には、2013年にインドの諺について日本語で解説した『勇気をくれる、インドのことわざ』がある。インドの諺を日本語で紹介する本の発行は、長い日印の歴史でもこれが初。2014年には『日本人が理解できない混沌(カオス)の国 インド1―玉ねぎの価格で政権安定度がわかる!』 『日本人が理解できない混沌の国インド2―政権交代で9億人の巨大中間層が生まれる』発行。

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