アジア史から見えてくる「日本史×中国史」の核心 日本が「中国化」せず「西洋化」に適合した理由
五百旗頭:他己認識も自己認識も不完全、ということで思い出すのは、自民党がそもそも外交的に何を考えてできた政党なのかが、実はよくわからない。日米安保や防衛政策について、かなり考え方の幅があります。
もともとの源流である政友会が、外交的にどういうスタンスでつくられたかがわからない。自民党の佐藤栄作は、政友会全盛期の総裁、原敬のお墓参りにも行っていましたので、自分たちの源泉がなんであるかはわかっているのですが、その創始者たちが何を考えていたかはわからない。
私は、政友会というのは、伊藤博文が日露戦争を回避するためにつくった政党だと思っていますが、結局、きちんとした証拠がありません。政友会は伊藤とその周囲と自由党系の人たちが母体になっていますが、自由党系は政策については融通無碍(むげ)なところがあって、伊藤たちが考えるわけですね。
でも、伊藤は日本の権力者としては雄弁な方ですが、口が軽いわけではないので、歴史家としては、非自由党系から単身で政友会に参加していた尾崎行雄が口をすべらすのを待とうか、という気分になる。尾崎はよく口をすべらせてくれます。
尾崎によれば、釜山あたりを取れればいいということなんですね。釜山と北九州を結ぶラインを確保できれば、ロシアの極東の艦隊をウラジオストックと大連の間で分断できる態勢になります。一方で、日本のほうも釜山と北九州の間がいつでもロシアの艦隊によって分断されてしまう状態になるので、相互確証破壊理論みたいな形で、日露の均衡が維持できるのではないか。尾崎はそういうことを言っています。
岡本:なるほど「相互確証破壊」ですか。日露の均衡を保つ満韓交換論みたいですね。
五百旗頭:満韓交換論だと、韓国を全部取らないと、という話になりますが、尾崎の論旨を徹底させると南のほうだけでいいんですね。
岡本:それは大陸の立場からすれば当然で、大連や北京から見ると、平壌まで持ってないと不安で仕方がない。
五百旗頭:満韓交換で、朝鮮にロシアがちょっとでも出てきたら許さんという話だと日露交渉は妥結しないですね。むしろ、その南のほうだけでも押さえておくことは意味がある。イギリスがしばらく海峡を挟んだカレーを維持していたのと同じような感覚かもしれません。
現状の国際秩序が最も安定
岡本:要するに、現在の状況が、地政学的には極東がいちばん安定する構図というのが私の持論です。朝鮮民族にとっては悲劇以外の何物でもないんですけど。現実に歴史プロセスを見ても南北分断体制がいちばん長く続いています。
尾崎の言っていることは、実は江戸時代とまったく同じなんですね。つまり釜山に、対馬藩から行ってつながっているのと、北のほうに向かう燕行使が北京に行ってつながっているというのと、基本的に同じなんです。
南北分断というと物騒ですが、北向きと南向きで、パフォーマンスがまったく別という意味です。北のほうは大陸・中国と共通の朱子学で対応し、朝貢という恒常的な儀礼関係を保っておく。南のほうは朱子学の通じない野蛮人が相手なので、貿易など実利でその場その場の対処をしておく、ということで、そもそも南北二元的です。
五百旗頭:伝統のある話なんですね。
岡本:そうですね。ですので、日本・対馬との関係を「交隣」、中国との関係を「事大」と朝鮮史では言いますが、現在の立場からすると、交隣がアメリカ・韓国の関係で、事大が中国・北朝鮮だと、過去の歴史の構図に当てはめて私は捉えています。
五百旗頭:北朝鮮は弱者の脅迫でロシアと中国を振り回してきた感じがしますけども、過去もそうだったんですね。
岡本:昔もそうですね(笑)。秀吉の朝鮮出兵が象徴的ですが、とにかく相手を引き込んで。
五百旗頭:なるほど。尾崎の議論を読んで、相互確証破壊理論などをバタ臭く解釈してしまうので、歴史のつながりのほうに頭がいかなかったです。また不勉強を自覚しました。
(後編につづく)
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