巧妙!「蚊に効くカトリス」のCMに隠された罠!《それゆけ!カナモリさん》

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■イノベーション普及のための観察可能性

 従来にない全く新しい商品、つまりイノベーションの普及要件として、E.M.ロジャースが「観察可能性」を挙げている。

 南米の農村において、ネズミによる被害をなくすために殺鼠剤の普及が行われた。毒入りの餌を食べたネズミは確実に死ぬ。しかし、殺鼠剤は村人の間では普及しなかった。理由は「効果が実感できなかったから」だ。殺鼠剤は遅効性の毒で、ネズミは毒入りの餌を食べた後、物陰や屋外に出てジワジワと死ぬ。即効性の毒なら、村人の目の前でのたうち回って死ぬだろうが、そのシーンを目にすることがないため、果たして効果があるのかを信じられなかったのだ。

 ベープの例も同じだ。当初、ベープは無臭で、加温しても外見の変化が全くなかった。一晩、蚊に刺されずにすんだ。部屋をつぶさに観察すれば、いく匹かの死んでいる蚊が見えるがそんなことをする人はいない。ゆえに、ベープの効果が実感できなかったのだ。その後、ベープは加温した際に立ち上る臭いをつけ、そして、マットに青い色をつけ、使用後には燃えかすをイメージさせるような白い色になるようにしたのである。

 外出先で蚊の攻撃を避けようと思えば、虫除けスプレーを肌に撒布する方法が一般的だ。しかし、スプレーは汗で流れたり、擦れたりすると効果を失う。また、一日中持続するわけではない。また、どうしても、肌に塗って蚊を避けるだけだと、どうしてもディフェンシブ、消極的な防護策に感じられる。少なくとも、この世で蚊に刺されることが一番ぐらいに大嫌いな筆者にとっては。そこで、電池式でどこにでも持ち運べる携帯用の「カトリス」だ。

 薬剤を積極的に自分の周りに振りまいて、ほんの少しでも蚊に寄せ付けるスキを与えない。非常に攻撃的な防護策ではないか。しかし、カトリスは、「煙やニオイを出さずに蚊を退治できる」「よい意味で存在感のない蚊取り器」が商品コンセプトなのだ。CMの企画意図にあるように、「効きめの広がりがどうにも伝わりにくい」のである。だからといって、ベープのように虫除けの臭いを振りまいて歩き回るのをよしとする人は少ないはずだ。蚊嫌いの筆者だってイヤだ。

 そこで、「今回のCMでは、テレビをご覧の方にカトリスの効き目の広がりが視覚的に伝わるような企画を考えました」という意図が効いてくるのである。

 「実験!」といっている、その実験内容は、恐らく「どこまで口コミで広げられるか」だろう。印象的なCMソングの歌詞と歌声。映像はシンプルにして「効果の可視化」という伝えたいこと一点に絞り込む。そうすることによって、見る者のアタマにしっかりと刷り込むことができる。最後の調子っぱずれな「実験!」の声がアタマの中でループする度に、誰かに伝えずにはいられなくなる。

 防虫剤は世代交代を繰り返し、次々と進化を遂げている。新興国などでは、蚊取り線香などの第1世代が安価で広まっているが、世界一うるさい消費者を抱える日本市場では、次々とイノベーションが生まれ、古いものは衰退していく運命にある。

 大日本除虫菊の上山久史専務は2005年に産経新聞のインタビューに答え、除虫剤の未来について、「どんどん小さくして、姿が見えないけど除虫効果のある『ステルス型虫よけ器』を送りだしたい」と話している。

 防虫剤は、より小さく、より目立たない方向性へと進化していくのだろう。その時、消費者に効用を間違いなく伝えることのできるマーケティング・コミュニケーションが必要になってくる。今回の「実験!」は、未来への進化に対する実験でもあったのかもしれない。
《プロフィール》
金森努(かなもり・つとむ)
東洋大学経営法学科卒。大手コールセンターに入社。本当の「顧客の生の声」に触れ、マーケティング・コミュニケーションの世界に魅了されてこの道18年。コンサルティング事務所、大手広告代理店ダイレクトマーケティング関連会社を経て、2005年独立起業。青山学院大学経済学部非常勤講師としてベンチャー・マーケティング論も担当。
共著書「CS経営のための電話活用術」(誠文堂新光社)「思考停止企業」(ダイヤモンド社)。
「日経BizPlus」などのウェブサイト・「販促会議」など雑誌への連載、講演・各メディアへの出演多数。一貫してマーケティングにおける「顧客視点」の重要性を説く。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2010年8月20日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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