アメリカの沈みゆく島で見た「気候変動」の大実害 島はどんどん海に埋もれ、住民は故郷を離れる
もちろんイルカは海面上昇の直接証拠ではない。しかしその突然の出現は、時間の経過にともなう劇的な変化を示している。全人生をここで過ごしたクリスには、それを感知することができる。訪問者に過ぎない私には、その変化を感知することができなかった。
私が当初覚えた興奮は、別の感情へと移っていった。私はこう思った。このイルカを長い間見ていれば、ゆっくりと北上するその体をじっと見つめさえすれば、私のようにしょっちゅう移動してばかりの人間には、たいていの場合見えない何かが──ファハールのしなびたカラシナ畑*1で見えたように──再び見えるようになるのではないか、と。
(*1 ガンジス川の上流に作られた大規模な灌漑によって川の流れが変わり、水量が半分になったかつての河口にベンガル湾が侵出したため、海岸からおよそ200キロ離れたファハールが所有する畑でも塩害が生まれた。本書1章に詳しく描かれている)
かつて淡水だった入江に海水が入り込んでいく?
めまいを覚えるほどの海岸線の変化、帯水層やリゾーム状の根系に、私たちの裏庭や地下室に、野生生物保護区に、かつて淡水だった入江に海水が入り込んでいく巨大な変化が見えるようになるのではないか、と。そうした変化はあまりに大きいため、私たちが何者であるのか、私たちが長く生活の拠点にしてきた大地とどのように関わってきたか、といったことについての考えをぐらつかせる。
「これまで目にしたもので、環境が異常な変化をしている、とあなたにはっきり悟らせたものって何かある?」と私はクリスに聞いた。「たとえばあのイルカみたいに……初めてイルカを見たのはいつ?」
「わかんないな、15年前といったところかな」と、白髪の混じったあご髭をさわりながらクリスは言った。「だけど、海水の浸入が有害となるのは、今まさに自分の家の目の前で起こっているからそう感じるんだよ。確かにイルカがここに現れた。でももっとも大きな破壊はわれわれのコミュニティで起きていることなんだ」どう続けるべきか迷って、彼は間をおいた。テレサがアリゾナアイスティーを私にすすめ、沈黙を破った。
クリスがはっきりとことばにできなかったのは、イルカはただの象徴にすぎない、ということではないかと思われた。私にとって、その象徴は環境に関するものだ。私はイルカを指差し、こう言うことができる。「これは生態系が変化している証拠だ」と。しかしクリスにとって、イルカが表しているのは、彼の隣人たちの緩慢な消滅なのである。過去40年間で、90パーセント近くの島民が内陸に移った。長きにわたってこの場を故郷と呼んできた人々が立ち去った時、クリス自身の故郷についての考えの一片も、一緒に持ち去られていった。
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