アメリカの沈みゆく島で見た「気候変動」の大実害 島はどんどん海に埋もれ、住民は故郷を離れる

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クリスは薄れゆく光の中で内省する私の顔を見ていたが、詮索するにはあまりに礼儀正しかった。私は自身の弱さをさらけ出すことの重要性を感じ、私の身に起こった出来事を話し、取材を対等なもの同士のコミュニケーションに変えようと試みた。私の逃避行について、自壊した私生活についてクリスに語ると、彼の優しさはさらに深いものとなった。

「たとえ困難な時でも、自分の気持ちにしたがわなくっちゃだめだ。君の彼氏が君からエネルギーを奪うなら、自分が何をすべきか、君にはわかるはずだ」とクリスは言った。広がる水域の方を見て、彼の声は次第に小さくなっていった。

その時、私は遠方からやってきた記者ではなくなった。愛する何かや誰かと別れることになった原因と結果を、クリスが吟味し分析することができる鏡になった。フクロウを思わせるクリスの顔が、不可知の思想によってさまざまに変化するのを見ているうち、私が数年間をささげた元婚約者、アパート、将来のビジョンへの愛着は、島に対するクリスのそれに比べたらさほど熱いものではないことに気がついた。

たった1つの場所を手放すということ

縮んでゆくこの細い大地を、50年の間、クリスはほとんど離れたことがない。かつての私が思い描き、さまざまな労力をつぎ込んできた生活を諦める選択が私にとって辛いものであったとすれば、自分が本当に知っているたった1つの場所を手放すということは、クリスにとっていったいどのようなものだろう。

『海がやってくる: 気候変動によってアメリカ沿岸部では何が起きているのか 』(河出書房新社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

クリスは翌日も来るようにと私を誘い、私もそれを受け入れた。私はアイランド・ロードを歩いて戻り、およそ100メートルごとに樹皮のむけたサイプレスやオークの木の前を通り過ぎた。葉のない枝が接点を求める電気のように伸びていた。樹木の早逝の原因は、大気中にではなく根がさまよう地下深くにある。そこには海水が入り込み始めているのだ。

アイランド・ロードのすぐ南では、広がった水路の中にその場の樹木の半分くらいが倒れこんでいる。現在なんとか立っている木も、瀕死の状態にある。つねにそこにあったわけではない海水に向かって、何もかもが傾いているのだった。

エリザベス・ラッシュ ノンフィクション作家、写真家

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Elizabeth Rush

ノンフィクション作家・写真家。著書『海がやってくる』はピューリッツァー賞一般ノンフィクション部門の最終候補作となるほか、シカゴ・トリビューン、ガーディアンなどで2018年の年間ベストに選出される。

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