コロナ禍に最高益「無印」人気商品が次々出せる訳 ヒットは「つくる」ではなく「探す、見つけ出す」
このように、無印良品には誕生した当時から、ものを「つくる」というよりは、「探す、見つけ出す」という考え方がありました。日本に昔からあるいいもの、あるいは日常生活で使われているものの中から、優れたものを見つけ、無印良品のコンセプトを入れながら商品化していくという道をたどってきたのです。
今でこそ「ホテル仕様のタオルやシーツ」はいろいろなメーカーから発売され、珍しくなくなりましたが、無印良品が売り出したばかりのころは、世の中にそういう発想はありませんでした。
タオルやシーツをどのような素材でつくるか検討していると、ホテルのシーツやタオルが一番質実剛健にできていて、一番進んでいるのだとわかりました。何十回あるいは何百回洗濯をしてもお客様に満足して使ってもらえる丈夫さ。それが一番実用的なのではないかと考え、ホテル仕様のタオルやシーツを開発しました。
生活の中に浸透していて、定評があり、長く役に立ってきたものを見つけ出して無印良品流にする仕組みが、当時から機能していたと言えます。
“かっぱ橋仕様”になった鍋やフライパン
鍋やフライパンの場合は“かっぱ橋仕様”になりました。東京のかっぱ橋道具街では、プロの料理人向けの商品が山ほど売られていますが、プロ向けの鍋やフライパンの多くには柄(え)がありません。木や樹脂でできた柄がついていると、そこから劣化してしまうことがあるからです。
だから和食の料理人などは調理するとき、柄のない鍋やフライパンを、ペンチのようなもので挟んで使っています。
無印良品でも、劣化して壊れやすい部分は外すことにし、柄のない鍋やフライパンをつくりました。シンプルな機能に特化した商品を見つけ、選んで、無印良品流にアレンジしたのです(現在は販売していません)。
これだけではありません。再生紙をメモやノートに使ったのも、無印良品が世界初だったと思います。当時は、再生紙は色がきたないという意見もありましたが、子どもが書いたりするには、それでもいいのではないかと考えました。
日本の生活の中にあるいいものを「探す」だけにとどまらず、さらに世界のいいものを無印良品流にしていこうという流れも生まれました。
それぞれの国の気候や風土、文化に根差したいいものが必ずある。それを見つけて無印良品の商品にするのが、当時からの商品開発のポリシーでした。世界各地のほうぼうを商品開発部隊が歩いて、「これはいいな」と思うものを見つけてきたのです。
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