「4つの類型」の「国境紛争」が今後激化する理由 移民、アイデンティティー政治、遺恨、囲い込み

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一方で、そんなものをすべてかき消してしまうような別の圧力が高まる可能性もある。国境のない国家は、私たちが──あるいは、少なくとも私たちの一部が──生き残る唯一の道かもしれない。 2050 年を迎える頃には十中八九、数十億人の人々が、水不足や海面の上昇、度を越した暑さに直面しているだろう。大規模な人口の移動が発生しそうだ。分断と買いだめの新時代が私たちを待つのだとしたら、国境とその管理を一層強化したいという衝動が湧きあがることは避けられまい。

そうこうするうちに、国家は新型コロナウイルスのパンデミックに与えられた機会を利して、市民や住民をますますプライベートな部分まで捜索・追跡するようになっていくだろう。すべての市民が携帯アプリの使用を義務づけられ、それによって健康状態を診断されたり、動きを監視されたり、人前での行動を左右されたりするSF作品まがいの状況も、決して想像できないことではなくなった。社会契約が結び直され、スマートフォンが可能にする緊密な監視が、ある種の「正常な生活」に戻るための代償になるのである。中国が自国の少数民族に対して広く行っている監視行為は、何が可能になるのかを示す恐るべき実例だ。それは私たちの多くにとって、国境地帯などの戦略的な地域にあるものだった監視インフラが、日常の空間に際限なく近づいてくることを意味している。

私たちは、このばらばらに分断された国際システムの将来について、また、惑星規模の大変動の中でも、そのシステムに抜本的な改革を施す価値があるのかどうかについて、いくつかの根本的な決断を下す必要に迫られるだろう。気候変動は憎しみのエスカレートを引き起こす可能性が高い。ポピュリストの政治家たちは、ますます高く、堅固な国境を要求し続けるだろう。環境や資源をめぐる紛争への不安につけ込む形で、より敵意に満ちた反移民政策や、優生思想のイデオロギー、緊急統治の導入などが正当化され、分断と買いだめは長期的な社会規範となっていくのだろう。

迫られる厳しい選択

だが、それを防ぐ手立てがないわけではない。環境や資源に対する人間の飽くなき攻撃を遅らせるための計画や施策も存在する。新たなグリーンディール(環境政策)から生物多様性に関する国際条約に至るまで、希望を持てそうなものは非常に多い。

はっきりと(そして何度でも)主張されねばならないのは、国境が人々にもっと開かれ、大地や空気、水の根源的な変化にもっと敏感に反応したなら、世界はもっとずっと暮らしやすくなるのではないかということだ。国境をより温暖で湿潤な世界に適合させていくことは、緊急性を増し続ける最優先の課題だろう。なぜなら、数多くの標高の低い島々や無防備な海岸線が、水没の危機に直面しているからだ。食用魚の資源は移動したり、姿を消したり、また現れたりしており、その割り当てや分配に関わるグローバルな合意の多くは、意味を失う恐れがある。

国境を強化すべきか、せざるべきかは、数年内にも再検討を要する焦眉の課題だ。検討を加える際には、国内外の移動性の不平等さに、しっかり注意を払う必要があるだろう。人々の大量移動が起これば、他国の国境により一層の不平等がもたらされるはずだ。環境保護論者が50年前に警告したように、私たちの地球はただ1つしかない。生物圏との人類全体としての関わり方について、私たちはいくつかの厳しい選択を迫られている。

クラウス・ドッズ ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校教授

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Klaus Dodds

地政学研究に関する英国の第一人者の一人。グローバルな地政学と環境安全保障の専門家。国境問題をテーマにした講演やメディアでのパネルディスカッションにもしばしば招かれている。また、「すでに国際的な評価を得ており、将来のキャリアが非常に有望な傑出した研究者」に贈られるフィリップ・レバーホルム賞の受賞者でもある。邦訳書に『地政学とは何か』(NTT出版、2012年、原題:Geopolitics: A Very Short Introduction, Oxford University Press, 2007)がある。

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