反ワクチン活動から足を洗った彼女が気づいた事 本当に欲しいのは「仲間」だったのかもしれない

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――なるほど。その方の影響でワクチンもなるべく打ちたくないと思われたんでしょうか。

じつは改めて記録を見ると、ポリオ、BCG、麻疹のワクチンは接種していたんです。今、思い返すと、赤ちゃんに注射を打つことに対する心理的抵抗も大きかったと思います。「こんなに小さくてかわいい子に注射を打って痛い思いをさせ、大泣きさせるなんてかわいそう」って。

当時、ポリオは経口投与で、BCGはハンコ注射ですし、麻疹はリスクが高いと思って接種したんだろうと思います。それに加えて0〜1歳のワクチン接種のスケジュールはとても過密で仕事の合間に小児科へ通うのは大変だったこと、同時に子どもの体調が悪いときには打てなかったりしたこともあって「ワクチンはよくないという意見もあるのだから様子をみよう」「ワクチンは任意なんだからいいだろう」という結論に至ったんだと思います。

――日本では海外と比べて混合ワクチンが少ないから、針を刺す回数が増えがちですもんね。それに1回に何種類かを同時接種してもいいのですが、1本ずつしか打たないところもあるので、小児科へ通うのも大変です。ご夫君はどうおっしゃっていたんでしょう?

夫には、あまりワクチンの話はしませんでした。ただ、あまりワクチンを接種していないのは知っていて、後で聞いたら「ワクチンを打ってもいいのではと思っていたけれど、そのうちに打つだろうと思っていた」とのことでした。

また子どもがほとんど病気にならなかったので、小児科で母子手帳を出した時に「ワクチンを接種したほうがいいですよ」と言われることもなく、保健センターから連絡が来ることもありませんでした。また保育園や小学校への提出物のワクチン欄に空白があっても、特に指摘されることはなく、そのまま月日が過ぎていったんです。

なぜ「反ワクチン」をやめたのか?

――おかみさんは、お子さんが中学1年生(12歳)のときにワクチン接種を再開されたんですよね。どういった心境の変化があったのでしょうか。

本当はそれよりもずっと前の、子どもが小学2〜3年(8〜9歳)の頃に、やっぱりワクチンを打たせたいと思い始めていました。

きっかけは、2011年の東日本大震災です。じつは、もともと周囲の反ワクチンの人たちの話の内容に疑問に持つことはよくあったんです。例えば「ワクチンは危険」といっても成分のことを何も知らないし、論拠(データやエビデンス)はないし、常にゼロリスクを求めているし、荒唐無稽な説でも「あの人はいい人だから本当の話だ」と納得したりするし……。理屈じゃなくて感情論で話すことが多くて、おかしいなって。

さらに「自分たち以外の人は真実を知らない」と見下す感じもあって、かなりの違和感を持っていました。「やさしさが大事」だと言っていたのに、全然やさしくないですから。そこに震災が起きて、自然派で反ワクチンの人たちは「福島は放射能で危険だ」と、他の地方へ自主避難したり、移住したりしたんです。

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