想像以上のボロっとしたどこをどう見てもイマドキ風ではない昭和感満載の小さな外観に驚きつつ、恐る恐る「あのー」と入店すると、極小の事務所兼印刷所でガッチャンガッチャンと仕事していたお父さんとお母さんと息子さんが一斉にこちらを見て、大いにひるむも勇気を出して「ホームページで見た活版名刺を作りたい」旨を説明。
すると、それはありがとうございますと息子さんがデザインの見本をあれこれ見せてくださり、お母さんはザ・昭和なアルミのやかんでお茶を沸かしてどうぞと出してくださり、お父さんはその間も無言でガッチャンガッチャンと印刷を続け、こうして無事にデザインが決まって約1週間。
でき上がりましたと連絡を受けてまた自転車で出かけると、厚めの紙に名前とメールアドレスがシンプルに刻印されたこの上なく美しい名刺が100枚。
いやね、自分で言うのもなんですが、こんな美しい名刺は未だかつて見たこともなかった。
会社員時代の、それこそ経費節減でどんどんどんどん紙が薄くなり、心なしか印刷も安っぽくなり、さらに宣伝のため余計なロゴマークなどがゴテゴテとつくようになった名刺なんか、いうてなんだが、もうまったくメじゃありません。
よっしゃ、勝った! と思ったね。
……って、いったい何に?
あらゆるものに。
かつて勤めていた大企業に。
激安名刺だけが生き残るしかない社会に。
そして、誰かから何かを買い叩かなけりゃ生きていけないと信じ込んでいた自分に……。
もちろん、これからどうなるかはわからない。でもとりあえず、大きいものにぶら下がって何も考えずに生きてきた自分を脱し、さらに世の常識とは違う「自分なりの常識」を考えて、実行に移すことができた。そして、その結果が非常に美しいものだったことに私はいたく満足したのでありました。
美しい名刺があっという間になくなる
ところがですね、やはり物事とは一筋縄ではいかないのでありまして。
当然、私はこの美しい名刺をウキウキと持参して、新しく会う相手に嬉々として配った。
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