で、初めて知ったんだが名刺の効果とはまったく侮れないもので、これを差し出すと少なからぬ人が厚い紙の感触に「あれっ」という表情を浮かべ、次に名前の刻印をじっと見て、ふと上からそこを触って凹んでいることに気づき、「お、活版ですね」とか、活版を知らぬ人であっても「かっこいい名刺ですね」などと反応してくださるのである。
で、その人が私を見る目がちょっと変わるのがわかる。なんというか、この人はこういうものが好きなのだな、こういうところにお金をかけているんだなと、私がどういう人間なのかを瞬時に想像してくれている感じがするのである。
なるほどこれが名刺というものなのだ! と、今さらながらにその威力に感動する私。
でもですね、残念ながらそういう人ばかりではないのであった。
やっかいなのは、サラリーマンである。自分もそうだったからよくわかるんだが、自分の金で名刺など作ったことのない人間は、名刺がどうだろうがこうだろうが何の関心も持たないものなのだ。
初対面の相手には脊髄反射のようにとりあえず「どうもどうも」と名刺をやり取りし、ろくに見もしないで名刺入れにしまう。もちろん二度と見ることなどないにちがいない。しかもそういう人に限って、やたらと「ご挨拶を……」と寄ってきて、もれなく名刺交換をしたがるのである。
いやいやいや~、めっちゃもったいないんですけど!
いうてなんだが1枚50円近くするんだよ! 激安名刺の数十倍。で、あなた様の名刺はたぶんそういう激安名刺で、しかも会社の金で作ってるからそんなにバンバン配れるんでしょうが、私は自分の金で作ってるんだよ! 頼むからそんな気軽に交換とかしてくれるなと思うと、わが美しい名刺を渡す手を離しがたく、ふと気づけば相手と引っ張り合っていたりする。
いやマジでこういう人に名刺渡したくない! こんなことしてたらすぐ貴重な名刺がなくなっちゃうじゃん……あ、そうだ。いっそ1枚100円で売ろうかしらん? そうすれば無駄な名刺交換したいなんていう輩は激減するだろうし、そうじゃなければ1枚50円の儲けにもなるし……なんていうトンデモナイことまで結構真面目に考えたりしなかったわけじゃない。
印刷所で起こった「生涯忘れられない出来事」
でももちろん現実にそんなことをする勇気もないままアッという間に貴重な名刺はあえなくなくなってしまって、やれやれと仕方なくメールで連絡を取って追加の注文をお願いし、「でき上がりました」という連絡を受け、再び自転車に乗って引き取りに出かけたのでありました。
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