「なのに、ここまできてようやく、今まで欲しかった手を差し伸べてくるの? おまえは。今さら優しさを見せられても、みたいな。
たぶん私が大学生のとき、そのシングルマザーの方と別れたから、余計に気を紛らわすことがなくなったのかな。それで、すごく実家に帰ってこいという。帰りたくないよ、と思うんですけれど」
どの子が家で大変な思いをしているかは、わからない
那津さんが「保健室の先生(養護教諭)になろう」と決めたのは、高校2年の終わり頃でした。進路に悩んでいたとき、彼女が「保健室の先生いいな」とつぶやいたのを3年間部活の顧問をしてくれた先生が聞き逃さず、「あなた、たぶん向いてるよ」と励ましてくれたのです。「いいな」と思ったのはやはり、那津さん自身が保健の先生にしてもらったことが大きく影響したようです。
「本当にまさに『ああいう先生になれたらいいな』っていう憧れ。自分が、ほかの人とあまりかぶらない人生を送ってきた、という認識はあったから、同じように困っている子を、今度は私が助ける側にまわりたいなと思って」
いまの勤務校は、家庭環境が厳しい子が多いといいます。辛い経験をしてきた那津さんなら、苦労している子は自然とわかるのかな?と思いましたが、そうでもないとのこと。
「大人側になって、どの子が家で大変な思いをしているかってわからないもんだな、と。それこそ、制服をあまり洗ってないだろうなという子とか、やたらとバイトをしているなという子とか、明らかに遅刻が多いな、という子は『なにかあるかな』と思うんですけれど、成績がいい子ほどわからない。『勉強ができているから、この子は放っておいても大丈夫だよね』みたいな空気が、何となく職員室のなかにあって」
筆者がこれまで取材してきたなかにも、そういうタイプの人──成績がいいので、困っているのを先生に気づかれない──が、何人か思い当たります。那津さんもそうです。
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