脱サラして「唐辛子に懸けた男」の凄すぎる生き様 畑の隅にあった「1粒の実」が運命を変えた

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芥川さんは奈良県で生まれた。自然に囲まれた環境で、虫取りやいちご狩りなどをして幼少時代を過ごした。高校卒業後はサーフィンにハマり、フリーターをしながら国内外の海岸を渡り歩くように。やがて彼女ができ、先輩から「女か波乗りか、どちらかにせい」と言われ、20代半ばでサーファーを引退。腰を落ち着けようと、地元にある三輪そうめんのメーカーに就職した。営業として入社したが、こだわりの強い性格の芥川さんは、そうめんづくりのあらゆる工程に携わっていった。

「朝4時に工場に行って、職人さんと一緒にそうめんの仕込みをするんです。その後、8時に会社に戻って、営業活動を始める。商品開発やパッケージデザインにも関わっていたので、遅いと帰りは午後11時でした。3時間くらい寝てまた会社に行く、という生活を10年くらい続けていましたね」

独立を決心するに至った、ある出来事

家族との暮らしもあって、第2の人生を考えたという芥川さん(写真:筆者撮影)

すでに結婚していたが、激務の代償として、家庭を顧みることはできていなかった。心臓病を患い、入退院を繰り返していた3歳の子どもにも寄り添えなかった。結局、看病をほとんど妻に任せたまま、わが子を亡くしてしまう。激しい後悔と自責の念にさいなまれ、芥川さんは第2の人生を考えるようになった。

「精神的に追い込まれて、嫁にもしんどい思いをさせてしまって、もっと家族と一緒に過ごせるような環境をつくらなあかん、と思ったんです。会社にも、私の後を継いでくれそうな社員が何人かいたので、仕事を託して独立しようと決めました。嫁もええんちゃうか、って言ってくれて」

会社は右肩上がりで業績が伸びており、芥川さんも役員に就任していたが、決意は変わらなかった。では独立して何をするか。思い浮かんだのが、仕事で接してきた農家の人々の笑顔だった。そうめんの商品開発のため、各地の小麦農家を訪ねて回るうちに、農家の人々の姿に憧れを抱くようになっていたのだ。

「真夏の暑いときに、農家を訪ねるでしょ。皆さん、真っ黒に日焼けして、歯だけ白くて、ものすごい笑顔で出迎えてくださるんです。素敵やな、と。僕自身、趣味でベランダ菜園をしていたこともあり、農業をしようと思ったんです」

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