有名人も貧しい人も同様に診察 「六本木の赤ひげ」アクショーノフさんを悼む⑤

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クリニックには検査に必要な機器がそろっていなかったので、応急処置をした後、港区内の病院に移送して精密検査をしてもらうことにした。検査の結果、急性粟粒(ぞくりゅう)結核と判明した。この結核は、結核菌が血液の流れに乗って撒き散らされ、色々な臓器に多数の結核結節が形成された状態をさす。結核菌が全身に広がると、極めて重い状態を引き起こすという。

深刻な病気なのでアクショーノフさんは入院を依頼した。だが、病院側は「重態で触れないし、多数の人に感染する危険性がある」などの理由で受け入れに消極的だった。このため、アウンさんにアパートで休養を取りながら、クリニックに通院するよう指示した。

ところが、おカネがなく、病院の検査費用、十数万円も払えなかった。国民健康保険に加入していないし、レストランが倒産して給料をもらえなかったのだ。すると、アクショーノフさんは検査費用を全額肩代わりした。さらに、クリニックでの治療費もすべて免除した。そのうえ、当座の生活費にと、毎月1万円を出してあげた。アウンさんは毎週きちんと診療所に通って、点滴を受け、抗生物質などの投与を受けた。病状は次第に好転し、次第に健康を取り戻した。

特別の出国許可を得て、離日

アウン・ミオ・ティントさんと

だが、彼はパスポートも持たずに入国した不法滞在者で、東京入国管理局に見つかれば逮捕される可能性もあった。そこで、まず入管へ行って事情を説明し、特別の出国許可をもらわなければならない。さらに、東京のミャンマー大使館でパスポートを再発行し、入国許可を出してもらう必要があった。日本語もきちんと話せないアウンさん一人では、入管職員を納得させることは難しい。

そこで、数日後、レストランのマスターに一緒に行ってもらい、いきさつを説明してもらった。

さらに、ミャンマー大使館へもマスターがアウンさんに同行して行き、事情を話したところ、大使館員も理解を示し、結局1万円で新しいパスポートを作成してくれることになった。こうしてようやく一件落着した。ラングーンまでの航空券はレストランのマスターら友人がカンパして集めた。

アウンさんは2002年7月、笑顔でクリニックにやってきた。アクショーノフさんや、顔なじみになった看護師たちと握手し、「ありがとう、ありがとう」を連発した。そして翌日、成田空港から家族の待つミャンマーへ帰っていった。

飯島 一孝 ジャーナリスト、上智大学講師

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いいじま かずたか / Kazutaka Iijima

1948年長野県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。71年に毎日新聞社入社。社会部、外信部などを経て91年からモスクワ特派員、95年モスクワ支局長。97年帰国し東京本社編集局編集委員、外信部編集委員、紙面審査委員会委員長などを歴任。2008年に定年退職。現在、上智大学・東京外国語大学・フェリス女学院大学の各講師。著書『新生ロシアの素顔』(毎日新聞社)、『六本木の赤ひげ』(集英社)、『ロシアのマスメディアと権力』(東洋書店)などがある。

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