六本木でクリニックを開業して大儲け

「六本木の赤ひげ」アクショーノフさんを悼む③

執務机でのアクショーノフさん

終戦から数年経つと、米国などからビジネスマンや観光客が日本に来るようになった。民間人の患者を米軍病院で診察するわけにはいかないので、米国側は東京に一般外国人向けの診療所を作ることに決めた。

アクショーノフさんは日本の医師免許を持っていたので、「診療所開設に協力してくれないか」と持ちかけられ1953年、独立して開業することにした。

クリニック経営成功の理由

新しいクリニックは、六本木の麻布警察署向かいのビル内に開設した。医師は、ドイツからきたジュルツ博士ら計4人だった。クリニック開業は大成功だった。その理由はまず 第一に、アクショーノフさんは英語、ロシア語、日本語はもちろん、中国語、ギリシャ語などが話せたので、世界各国から日本にやって来た人が診察を受けに訪れた。

第二に、当時日本では手に入りにくい薬をたくさん持っていたので医療効果があがり、「名医だ」という評判がたった。第三に、当時日本に滞在したり、日本に観光で来る外国人はお金持ちが多く、金払いが良かった。

1956年、アクショーノフさんはクリニックを麻布警察署前から麻布台1丁目に移した。土地と建物は白系ロシア人のトカレフ氏が所有していたものを借りたのだ。土地は約100坪で、建物は大正時代の中ごろに建てられたものだった。その後、近くに高架の高速道路が建設されることになり、約10坪を用地として提供した。

トカレフ氏は1984年、心臓病のため94歳で亡くなったが、その2カ月前に作成した遺言書で、療養費用や死亡後の葬儀費用を負担するという条件で、土地・建物をアクショーノフさんに譲渡してくれたのだ。

次ページギリシャ船籍乗組員の指定医に
関連記事
トピックボードAD
  • iPhoneの裏技
  • グローバルアイ
  • 湯浅卓「トランプ政権の真実」
  • 井手隊長のラーメン見聞録
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
0/400

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
採用クライシス<br>就活ルール廃止の衝撃

経団連が就活ルール作りからの撤退を決定。採用日程は今後どうなるのか。中長期的なあり方を議論する間もなく、足元では超売り手市場の下、仁義なき新卒争奪戦が繰り広げられている。採用手法も人気業界も激変する中での各社の取り組みは……。